ノスタルジックプレイステーション

 当時、遊んでいたゲームソフトの話をしようと思ったんですが、そしたら思い出がブアアアッツと溢れ出てきてしまったのでそちらを先に書いておきます。ちなみにしようと思っていたのは『バーガーバーガー』でした。


 2001年。中学生の僕らはゲームに飢えていた…。
 休みの日になれば、ゲームショップへ出かけていってワゴンセールのゲームを買い漁り、休み明け、熱心に情報交換し合った。ゲームショップの真ん中に置かれたワゴンの中にはプレイステーションのソフトが、100円~250円のシールを貼られて投げ込まれていた。棚にちゃんと並んでいるものでも安いものなら1000円だった。僕は『moon』も『アストロノーカ』も中古品で買った。値段は忘れてしまったけれど、定価の半分よりも安かったのは確かだ。『夕闇通り探検隊』も買えばよかったなと今でも後悔している。   
 ほぼ20年も前のことなので、かなり美化されている思い出なのだろうけれど、その頃のゲームショップは異様なエネルギーに満ち溢れていたと思う。1994年、ソニーコンピュータエンタテインメントからプレイステーションが発売されて約7年、2000年にはプレイステーション2が発売され、大人たちが遊んだ大量のプレステのソフトはその手を離れ、東北の小さな町のゲームショップに流れ着いていた。次が僕らの番なのは、誰もが分かっていた。
 ともかく僕らは数をこなす必要があった。中古品としてワゴンに投げ込まれたゲームを片っ端から遊び、その中から面白いものを見つけなければならない。当たり前だけれど、面白いゲームじゃなきゃやる意味もないのだ。さて、そんなゲームと出会う確率はどれくらいだろう。資金は潤沢ではない。僕らは中間テストをそっちのけで考え、そしてネットワークを作ることにした。
 当時、どれだけのゲームソフトが僕らの間で貸し借りされただろう。自分の手元に戻ってきたときには説明書が破れていたり、ケースが割れていたりすることがしょっちゅうだったが、僕らは誰かを責めたりはしなかった。そもそも犯人が誰か分からなかったし、中古品だった。貸し借りの中で、誰かのつまらないゲームが誰かのいちばんになることもあった。そんなときは当たり前のように教室で売買が行われた。中古品なのにふっかける奴もいたりした。おまけをつけるからという奴もいた。もちろんそれを買う奴もいた。全てが自己責任だった。どういうわけか(これは本当にどういうわけかと今でも思っている)ゲームショップには同じ中古ソフトの在庫が山ほどあったので、数人で同じゲームを買いに行くこともあった。僕を含めた5人が『moon』を遊んでいた。クラスの中で進捗を話し合い、キャラクターの物まねをし合った。みんな、アダーの物まねが上手かった。
 ゲームショップと同じように、僕らの間にも異様なエネルギーがあった。それは数年後に控えた高校への進学であっけなく消えてしまう、濃密なくせに脆い、奇妙なエネルギーだった。


 僕の中学校生活はプレイステーションと共にあったという話です。

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