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『息吹』テッド・チャン(著)

「あなたの人生の物語」を映画化した「メッセージ」で、世界的にブレイクしたテッド・チャン。第一短篇集『あなたの人生の物語』から17年ぶりの刊行となる最新作品集。人間がひとりも出てこない世界、その世界の秘密を探求する科学者の、驚異の物語を描く表題作「息吹」(ヒューゴー賞、ローカス賞、英国SF協会賞、SFマガジン読者賞受賞)、『千夜一夜物語』の枠組みを使い、科学的にあり得るタイムトラベルを描いた「商人と錬金術師の門」(ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞受賞)、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」(ヒューゴー賞、ローカス賞、星雲賞受賞)をはじめ、タイムトラベル、AIの未来、量子論、自由意志、創造説など、科学・思想・文学の最新の知見を取り入れた珠玉の9篇を収録。

相変わらず素晴らしい。「息吹」と「オムファロス」が大好き。こんなに熱いメッセージ出す人だっけ?と驚く。また、近未来AIモノという普通なSFもあり、逆に新鮮で驚く。
いつも通りのテッド・チャンであり、変化もしている。うれしい驚き。本全体の完成度は前作の方が高かったが、変化の方がうれしい。

商人と錬金術師の門

アラビアンナイト的寓話で、20年を隔てた過去と未来に行き来できる輪にまつわるお話。語り口が素敵。
デッド・チャンの小説では、歴史は変えられないし、タイムパラドックスも発生しない。本作もこのパターン。しかし、パラドックスは起きないまでも、普通に過去に干渉している所が面白い。実際それが過去に起きてるので、矛盾でもなんでもない。と言われると、ちょっと頭が混乱してくる。
決定論もデッド・チャンの特徴で、これも同じ話になる。自分が過去に行き、とある行動をする、というのを今記録等で知った場合、まだそれを行っていないなら、未来に行う事になる。歴史が予言になっており、やる、やらないは本人にゆだねられるはずだが、必ずやることになる。そのジレンマを想像すると楽しい。

息吹

機械生命体が住む別宇宙の学者のお話。スチームメトロな描写と雰囲気が素敵だが、それ以上にメッセージが熱い。自分にはない熱量に当てられ体が熱くなった気すらする。何かに熱中したいなぁ。

予期される未来

予言機、というボタンを押す1秒前に光る機械のお話。絶対押さないと決めていても押してしまう。世界の未来はすべて決定されている、という決定論が証明された場合、人々はどう生きるのか。個人的には、決定論は、予言とセットになってないと意味がない(結局未来が来るまで結果は判らないのだから、気にしても仕方がない)と思ってるので、予言が無いなら決定されていたとしても何も変わらないのでは、と思うのだが、心折れる人も多いのだろうか。それはともかく、押したくないのに押してしまう感覚を是非味わいたい。

ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル

赤ちゃんのようなAIを育てるお話。子育て日記にしか見えない。しかしプラットフォーム問題等AI独自の困難も面白い。デッド・チャン史上一番長い中篇だけど不完全燃焼。もっとAIが育ち切るまで書いてほしい。長編で読みたいが無理な話か…。
訳者後書ではアイボに例えられていたが、個人的にはポストペットを思い出した。(今ちょっとググったら現役で衝撃を受ける)

デイシー式全自動ナニー

機械の乳母のお話。機会に育てられると人間とコミュニケーションできなくなる、というか、コミュニケーション対象と認識できない、という説が面白い。狼に育てられた赤ちゃんを思い出した。いつか本当にガイノイドナニーが実用化した場合問題になりそう。しかしそんな時代、人間とコミュニケーションできなくても何ら問題ない社会かも。それはそれで楽しそうだなぁ。

偽りのない事実、偽りのない気持ち

記憶外部化のお話。人々が人生のすべてを録画し、思い出そうとすると関連動画が網膜に再生される。googleが動画内検索を実現すると、この未来もあり得るなぁとワクワクする。(個人情報ガーって流れで実現しないだろうが)
しかし人は真実に耐えられないから記憶を改変するわけで、こんな社会が来た場合、人々は耐えられるのか? どのように適応するのか? できるのか? 実に楽しみ。真実をとるか正しさをとるか、正しさを取る場合、だれにとって正しいのか。色々想像させられる。こういう問題提起が本当にうまい。

大いなる沈黙

オウムが人間とコミュニケートできなくてヤキモキする話。宇宙と対話する前に、すぐ近くにいる私たち(オウム)と話そうとしろよ、という主張に、確かに、と笑えた。犬猫と喋りたい。とはいえ、動物と喋れるようになると家畜と喋らざるを得なくなるので、無意識に避けているのかもね。

オムファロス

世界が、ビッグバンではなく、神によって一気に作られた世界のお話。神も存在するし、8千年前に世界が作られた証拠もある、という中、真実を追求する学者が息吹同様熱い。神は存在するが、地球に興味ない(主役は別に居る)、と言われた場合、聖職者は存在意義を無くすよね、と笑ってしまったが、当人たちにはシャレにならない問題だろう。そんな中、それでも学問をやめない主人公が素晴らしく格好良い。敬虔なキリスト教徒に読ませて感想を聞きたい(笑)

不安は自由のめまい

パラレルワールドと通信できるお話。幸福とは、他人と自分を比較しない事が大事だ。過去の自分となら比較してよい。というポリシーの人は多かろう。しかしこの世界では、タラレバの自分と比較が可能となる。あの時ああした自分が幸せだったと知った場合、はたして平静でいられるだろうか。あの時ああした自分が不幸になっていたからといって、幸福になれるだろうか? もちろんNO。並行世界の自分は他人だ、という割り切りが必要だが、通信できる以上、割り切れないのが人情。実に嫌な世界を描くなぁ、と唸る。また、徳の話も面白い。この世界で徳を積んだとして、別世界の自分が不徳をなすと、±ゼロになってしまうのでは、という危惧が興味深い。パラレルも含め自分、と認識できるのは、あつかましいと感じるけど、これは個人差? 社会で差が出る? 興味深いね。

#読書感想 #読了 #ネタバレ #海外小説 #SF #デッドチャン

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