「『授業料改定及び学生支援の拡充』決定に対する抗議声明」を発表しました

9月24日16時ごろに東京大学の学務システム「UTAS」上に「授業料改定及び学生支援の拡充について」が発表されました。私たちは16時半ごろから有志の呼びかけによって抗議声明の執筆に着手し、翌25日5時ごろにTwitter上で声明を発出しました。
10日、当局による初の学費値上げ案の正式な発表を受けて発出した学費値上げ案の問題点を網羅的に理解できる抗議声明は下記をご一読ください。

前回同様、緊急性充実した内容の二つを追った編集方針の為に、声明の執筆には10名を超える学生が、最大13時間程度の労力を割きました。夏季休業中にかかわらず多くの学生に作業に参加していただきました。
学生がキャンパスにいない夏季休業中に案を公表し、たった2週間で決定するという東大執行部の拙速さ、強引さには開いた口が塞がらないという思いです。
この記事をご覧のみなさまには、この決定が及ぼす影響の大きさ、それに伴う事態の深刻さを踏まえたうえで、私たちの考え方をご理解いただき、より多くのみなさまに声を届けていただきますようご協力をお願いいたします


「授業料改定及び学生支援の拡充」決定に対する抗議声明

2024年9月25日
東大学費値上げ反対緊急アクション

 藤井輝夫総長ら東京大学執行部は昨日16時ごろ、東大における学費値上げの決定を公表し、Webページ「『授業料改定及び学生支援の拡充』について」を掲載しました。
 これは、多くの学生と教職員による問題点の指摘と反対の意思表示が行われている最中の唐突な発表であり、教育を受ける権利の擁護という国立大学本来の使命を蔑する決定です。私たち学費値上げ反対緊急アクションは、学費値上げの稚拙と、学生による運営参画の機会を奪うことに終始専念した決定プロセスの傲慢を批判し、強権的に決定を下した執行部に対し強く抗議し、決定の撤回を要求します。そして、学費値上げの決定に至ることを許した制度の欠陥に鑑み、大学構成員には全構成員自治の達成に向けた運動への合流を、広く皆さんには政府の大学政策を問い直す議論への参加を呼びかけます。

学費値上げはそれ自体の妥当性に欠陥がある

 まず、9月11日に私たちが発した批判声明を振り返ります。
 9月10日の「授業料改定案及び学生支援の拡充案」の中で東大執行部は、2025年度入学からの学費を、535,800円から642,960円に引き上げるという約11万円の値上げと、世帯所得に応じた学費免除施策を提案しました。

 しかし、この方針にはいくつかの重大な問題点が指摘されています。
大前提として、日本国憲法第26条に定められた教育の機会均等、国際条約である社会権規約第13条(c)においては、高等教育への平等なアクセス、無償教育の漸進的な導入が定められています。学費の値上げは、経済的理由による不平等を助長し、学問の府たる責任に背くものです。
 また、学費減免の判定は世帯所得が基準となるため、経済的DVを受けている学生や、地方出身者、女子学生など、数字上は世帯の所得が高くても、生計維持者が学費を拠出しない状況が考慮されていません。これにより、学費を捻出できない学生個人が支援を受けられず、教育の機会を不当に制限される可能性があります。
 さらに、多くの減免制度は標準修業年限(4年間)で卒業する学生を前提としており、心身の不調や、働きながら通うなどして長期に渡って在学する学生を考慮していません。これは東大が自ら掲げる「ダイバーシティ&インクルージョン」に反しています。
 外国人留学生の免除判定については、従前どおりの所得基準による取扱いとされ、日本人学生との明らかなる差別が存在する他、減免制度の運用に伴う事務負担増、審査に通過するか不明な申請書を大量に書くことを強いられる学生の莫大な心理的負担など、授業料減免制度には無数の穴が存在します。

 また、博士課程に在籍する学生に対する学費値上げが留保されているものの、この留保措置は一時的なものであり、今後改めて学費が引き上げられる可能性があることにも懸念が広がっています。研究活動を通じて社会に貢献している博士課程の学生たちに経済的負担を強いることは、学問の発展や人材育成において逆効果です。

 さらに、年次進行の問題も無視できません。学費施策の導入や変更が年次ごとに進められることで、受験生を不安にさせ、徒な世代間の不公平を拡大する事態が現に生じています。
 以上のように、学費値上げの妥当性に関する根幹部分に大きな問題点が存在することは明白です。このような問題が山積する中で、議論を尽くさず拙速かつ強権的に学費値上げを強行することは、現在在籍する、あるいはこれから先に入学してくる学生に対する教育を職責とする教育者として不誠実な態度であると言わざるを得ません。

政府の政策が高等教育を弱体化させている

 前提として日本政府は、2012年に社会権規約(13条2項b、c)の適用の「留保撤回」を閣議決定し、国連に通告しているため、「大学の漸次無償化」を目指す義務を負っています。
 2004年の国立大学法人化以降、政府から国立大学に配分される運営費交付金は減少傾向にあり、今年度は全ての国立大学の合計で1兆784億円です。これは、20年前から比べると1600億円余、率13%の減少となります。
 全国86の国立大学で構成された国立大学協会は、今年6月、緊急の声明で「物価の高騰や円安などで切迫した財務状況にある」として、「運営費交付金の増額」や、「産業界からの経済的支援」などを求めました。
 これらの問題の背景には、政府が、国立大学法人化前後から、「選択と集中」と呼ばれる競争政策を導入してきたことにあります。競争的資金の獲得に追われ、安易に成果を手に入れやすい研究に流れたり、申請書類作りに研究時間を奪われたりする教員が続出し、さらに「大学院重点化」により就職難に喘ぐポストドクター(大学や研究所で正規ポストに就かない期限付き研究者)が増えるなどの弊害も深刻な状況です。
 そして並行して、国立大学では、政府の政策を学長の権限によって実施させるトップダウン体制が決定づけられ、2014年の学校教育法等の改正によって多くの大学で教授会が教員の選考権を失いました。さらには、学長選考会議が学内投票に拘束されないという省令の改定も行われました。
 また政府は、国際卓越研究大学制度の関連法を2022年5月に成立させました。この制度は、国際卓越研究大学に認定された大学に10兆円規模の「大学ファンド」による株式運用益を配分することと引き換えに、大学のトップダウンの権力構造をさらに強化し、また年3%の事業成長を求めるものです。大学は本来、真理の探究や専門職の育成により世界に奉仕するべき存在であり、拡大再生産によって規模が拡大する企業とは全く異なる存在です。ところが年3%の事業成長というのは、大学が生み出した研究成果すなわち富を世界に公開するのではなく、特許などの形で囲い込み、企業に奉仕することを求めるものです。これは大学の使命の否定にほかなりません。
 国際卓越研究大学制度に対する大学内の反発により、応募しなかった大学が続出したことを受けて、2023年の国立大学法人法改正が行われました。これにより、新たに設けられる「運営方針会議」が学長を監督する体制となります。委員の任命には文部科学相の承認が必要であるため、政府の介入が強まるとの反発が相次いでいます。この法律の施行は10月1日に迫っています。
 運営費交付金減額、「選択と集中」、トップダウン化、「稼げる大学」構想……。
 このように、学生や教職員と、経営判断を行う少数者を分離させ、学生や教職員の意見を無視できるような制度が完成させられつつある中、そして、政府の主導で産業界、特に大企業のために大学のリソースを使う傾向が強化される中で、東大で学費値上げの強行が行われたのです。
 今回、東大が学費値上げを拙速に進めた背景に、こうした国政の動きが影響しているのではないか――「運営方針会議の下で値上げが決まり、その仕組みが批判されることを避けようとしたのではないか」という批判も一部の教員(※)から出てきています。

 本来、高等教育は未来への投資であり、社会の発展の基盤であるはずです。今回の発表で東大執行部は、授業料を「教育を享受する学生が負担」する「資源」だとしていますが、未来への投資である教育の原資を、未来の社会の担い手である学生に求めるべきではありません。そして、地域や経済条件にかかわらず高度な教育機会を提供するのが国立大学の存在意義です。
 政府は、全ての学問を志す人々の高等教育へのアクセスを保障し、国立大学の果たすべき役割を守るために、運営費交付金の増額を積極的に検討するなど、政策を見直すべきです。
 そして私たち学生は、東大執行部に対して、学生と協力して政府に働きかけることを求めます。さらに、東大の学費値上げの問題に対する議論を、東大内部の問題とみなすのではなく、国立大学ひいては高等教育のあり方をめぐる重要な論点として、今後も社会全体の一層の関心が高まり続け、広く議論が醸成されることを期待します。

学内の合意形成はなされなかった

 今回の学費値上げ案は、相原博昭理事・副学長の発案で3年前から検討が始まったことが判明しています。しかし、学生のみならず多くの教職員が学費値上げ案を初めて知ったのは、今年の5月15日の報道を通じてでした。
 大学自治の本旨に基づけば、執行部より全構成員に事前に説明されるべき重大な提案であるにもかかわらず、そうした民主的プロセスを蔑ろにして、3年間をかけて秘密裏に具体的検討が進められてきました。
 私たちは報道を受け、直後の五月祭で学費値上げ検討に対する学内抗議デモを行い、連日の学内スタンディングを実施するなど、――今では当たり前になりつつありますが当時としては――画期的な方法で学内輿論を醸成していきました。続いて6月には院内集会を主催し、国政にも働きかけを行いました。私たちの他にも様々な主体が抗議や問題提起、会見を行い、学費値上げ問題は広く世間に知られることとなりました。
 教養学部学生自治会が実施した全学一斉アンケートにおいては、2000人以上からの回答のうち約9割が反対するという結果でした。
 学生からの意見は反対が大勢を占める中で、学費値上げに関する「総長対話」が6月21日に開かれました。学生たちはオンラインではなく、対面での開催を再三要求していましたが、結局、オンライン形式で実施されました。多くの学生が参加する一方で、無作為に選ばれた10名程度の学生しか発言権を与えられず、短時間で終わった総長対話は不十分なものであると言わざるを得ませんでした。藤井総長は、学生たちの更なる対話を求める声に対して「検討する」と言い募るばかりで、終始、明確な回答を避け続けました。表向きでは対話の大切さを説いているにもかかわらず、そうした総長の対話軽視の姿勢は到底納得の得られるものではありませんでした。
 根強い学生や教職員の反対を受けて、7月には当初予定していた学費値上げ案の公表が見送られることが発表されました。
 8月23日には「総長対話」後に執行部によって集められたアンケートに対する回答が公表されましたが、あくまで多く寄せられたとされる質問に対してまとめて答えるという体裁をとっており、学生の個別具体的な質問を取り上げて誠実に回答するものではありませんでした。
 その後9月10日に、執行部はメディア向けの非公開の記者会見を開き、学生に説明を行うことなく、初めて学費値上げ案を一方的に公表しました。公表された資料の中では、学費値上げを強行する理由として「教育学修環境の改善は『待ったなし』」と表現されていますが、なぜ「待ったなし」なのか、その具体的な根拠は示されていません。

 以上で示したように、藤井総長はじめ執行部は一貫して学費値上げに関して説明責任を果たしていません。「総長対話」から公表までの間、執行部は、学費値上げという既定路線から外れないように、学生に歩み寄るような対話や説明を用意周到に避けてきました。
 この公表に対して、私たちは「『授業料改定案及び学生支援の拡充案』公表に対する抗議声明」を発出し、学費値上げ案の決定プロセスの第一段階である教育研究協議会が開催に先駆け、約2万8千名から賛同を集めた「東大の学費値上げに反対します」オンライン署名や、57頁に及ぶ具体的な反対意見を集約した資料を相原理事・副学長に提出しました。あわせて、学生との対話をはじめ学内の議論が不十分であることを理由に、議決の延期を求める要請書を提出しました。
 しかし執行部は、そうした意見や要請を一顧だにせず、教育研究協議会での議決を強行し、可決しました。そして9月18日には経営協議会が開催され、同時刻に抗議集会が開かれました。その際、東大執行部は、抗議集会の学生代表らによる提出を事前合意していた、議決の延期を求める要望書の受け取りを大幅に遅らせましたが、その間に議決を採り、可決したことが明らかになっています。あまりにも稚拙な遅延工作であり、学生軽視も甚だしいと言わざるを得ません。

 そして昨日9月24日には、元々予定されていた9月26日から繰り上げる形で、学内の会議体における最終決定プロセスである役員会が開かれたと思われます。東大執行部より、学費値上げ案を決定したことが公表されました。
 学生の対話を求める切実な訴えは無視され続け、議論が不十分なまま、学生の声に蓋をするように、執行部は学費値上げを拙速かつ強引に――学費値上げ案が公表されてからたったの2週間で――決定したのです。

 私たちはこの4カ月間、プロセスの不透明性を何よりも問題視してきました。どのようにしてこの方針が決定されたのか、またどのような根拠に基づいて”緩和”策が導入されるのかが、学生や関係者に対して十分に説明されていません。このような不透明なプロセスは、学生たちの信頼を損ない、さらに東大憲章の定めた「全構成員自治」の理念からはほど遠いものです。東大において大学自治は、まさに東大執行部によって瀕死の状態にさせられていると言わざるを得ません。
 遡れば、6月21日の総長対話後、抗議集会が自然発生的に行われた安田講堂前に、30名近くの警察隊が意図不明に導入されました。結果的に学生らは解散を強いられ、正当な抗議活動への萎縮をもたらしました。この事件も同様に、東大執行部の自治の理念の軽視と対話のプロセスの無視を表しているでしょう。

 「総長メッセージ」は「学生に関わりのある事柄を一緒に考える仕組みの丁寧な構築」をかかげていますが、私たちは私たちの事柄について憂慮し幾度も力強く声を上げて来ました。日本の大学自治の文脈の中で緻密に構築された交渉の枠組みを拒絶したのは、紛れもない東大執行部です。学生が求めている事柄の核心について学生を主体として認めず、「個別事情に配慮した学生支援への対応に向け」た善後策にのみ学生の意見を反映する姿勢を取るのは、声を上げ続けてきた私たちの名の盗用と言えるのではないでしょうか。

全構成員自治が再建されなければいけない

 私たち学生は、大学の構成員としてその運営に参画する権利を有した、学内民主主義における主体的な存在です。運営に参画するということは、恣意的な機会に実施されるアンケートによって大数的に把握される意見の分布や、執行部の既定路線に都合の良い「建設的意見」のリストとして「参考」にされることではありません。私たちは大学の運営に対し、学生全体の利益を維持するために、利害関係を有する当事者として発言し、交渉する権利があります。しかし、今やこの権利は無視され、学生の生活状況に悪影響を与えかねない決定が一方的に押し付けられています。その結果、多くの未来の若者の教育を受ける機会すら奪われようとしています。このような窮状は、国政の影響のみならず、長きにわたる大学自治の弱体化・空洞化がもたらしたものでもあるでしょう。

 将来の、そして全国の学生のために、東大執行部による学費値上げの強行という危機に際し、私たちの代から、失われた自治を再建しなければならないと強く認識します。学生が自治の能力を取り戻すことによって、学生の地位と利益が保障されるような健全な学内の合意プロセスが制度として確立されるべきであり、大学の全構成員にそのための動きに合流するように呼びかけます。

※東大の授業料「上限いっぱい」に値上げ案…識者「説明は矛盾だらけ」 「人垣つくってでも」学内で反対集会


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