雑記:高校生の頃に読んだ本 #1

思えば僕が、中学生、高校生という世間では青春とも呼ばれる期間の中で成し遂げた事なんて何も無い。
中学はコンピューター部の幽霊部員で高校は帰宅部だった。
部活動に励んで県大会優勝しました~みたいな輝かしい功績など皆無だ。
精々、僕がやっていた事と言えば今こうしてパソコンに向かって只管テキストを打ち込んでいる事の代わりにメモ帳にガリガリとシャープペンシルの先を走らせて、自分が面白いと思った事や深夜ラジオに投稿するネタを書いたり、日記の真似事や小説のプロットを書いてみたりという事だろう。
そういう意味で言えば、今も昔もやっている事は変わらない。

あとは、暇さえあれば図書室で本を読んだりしていた。
教室の中はいつだって騒がしかった。僕が通っていた高校は、他の高校と比べて特別治安が悪い訳じゃなかったが偏差値が低いせいで生徒はヤンチャな奴が多かった気がするし、学校を卒業したOBが在校生にちょっかいを出しに原付きバイクでやってきて、学校の周りをぐるぐると延々回り始めたりするので退屈する事は無かったがその代わりに毎日が騒がしかった。

そんな中で、図書室はいつ行ってもその空間の中には静寂が保たれていて、それは図書委員や司書の先生が「図書室では静かに」という至極当たり前の事を、文明のぶの字も無い様な未開拓の土地にキリスト教を布教しに来た宣教師みたいな感じでこの学校の生徒たちに教えていった功績があるからこそだ。

兎に角僕はその空間の中で徹底的に管理されている静寂が大好きだった。
静寂は、何も音がしない場所の事を言う訳ではなくて、人が生活する上で発生する細かな音が聞き取れる空間にあるものの事を言うのだろう。僕は人生で初めてそれを知った。
だけど僕が図書室に足を運ぶ理由は何もクーラーの効いた部屋で静かに優雅に過ごしたいだとかそういう事じゃない。中にはそれが目的で来る生徒も居たし、そういう人間にもこの空間は寛大で受け入れてくれてはいたが、僕にはこの広大な本の海の中で自分の嗜好に刺さる本を探すという重大な目的があった。

海の底に沈んだ船を引き上げる作業をサルベージと言ったりするが、僕が図書室でやっていた事はそれに近い。
流行りのライトノベルとか、ハリーポッターみたいな超人気ファンタジーよりも図書室の棚の一番端にある様な誰にも読まれない作品から魅力を感じていた。
勿論人が読まない作品を手に取るという行為には、少しのリスクがある。
それは、本当は暇ばっかりで退屈してる癖面白くない本に当たった時は「二度とは戻ってこない貴重な学生生活の時間をムダに浪費してしまった」とか思ってしまったりする事にある。
だが、結局時間だけは無駄にある訳でその程度のリスクなど何でもないという事ぐらい賢い僕は理解していたので、臆する事なく本を探しては読んでいた。

確か一番最初に手にとった作品は、谷甲州という人が書いたSF作品「エリコ」だ。まあ結論から言うと途中で読むのを止めてしまった作品なのだが、今思えば少し勿体ない気もする様なしない様な、何とも表現し難い不思議な感想を持っている。
お硬い感じのSFが好きだとか、純文学が好きな人からは酷評されてしまいそうな内容で、この小説に正しいジャンル名をつけるとしたら、「ハードSFポルノ」?みたいな名称になってしまうだろうな、と思う。
タイトルにもなっているエリコとは、この小説の主人公で最先端科学による性転換手術を行った元男性の高級娼婦。近未来の無国籍都市大阪で事件に巻き込まれて中国マフィアと特務警察の間に挟まれ逃げ惑う羽目に。みたいな内容だったと思う。

その時はトランスジェンダーを主役にした小説というのをあまり読んだ気がしていなくって、今でこそそういったジェンダーやセクシャルマイノリティに関する議論は盛んだけれど当時はテレビではるな愛とかKABAちゃんみたいなおもしろおかしく彩色された様な感じのテレビ用の歪なイメージしか見かけなかったのが正直な所だったと思う。
とはいえ、この作品の中で描かれているジェンダー感が今でいうポリコレ的な観念に当てはまっているかと言われればそれは微妙だと言わざるを得ない。インモラルなものにはそれを描くに値するだけのユニークさというかエンタメ的な面白さもあるのもそれはそれで事実なので、とやかく言うつもりはない。

進歩したクローン技術がこのSF小説の世界観の要という訳だけれども、それを使った仕掛けも面白かった。
性転換前の自分のクローンとエッチするシーンは「うわあ、なんかすげえな……」という感想しか当時は思わなかったが、今見てみるとまた違った感想を感じるかもしれない。

この様に学校の図書館は一見道徳的に正しいものしか置いてない様に思えて全然そんな事無いのだ。
というより、ポリコレ的に正しいものしか棚に並んでない本屋や図書館ほど面白くないものは無いだろう。僕はこの本を図書室の本棚の隅っこに会ったのを見つけた時、何となく「やった!」と思ったのを覚えている。
途中で読むのを止めてしまった事もあったし、面白さの度合いで言えばそんなに言う程ではないのだがやけに印象に残っている作品で今もあの高校の隅の方にあの本が眠っているのではないかと思うと、少しだけ胸がわくわくする。

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