あの夏の推しをビニール袋に入れて金庫に閉じ込めたい
2年前、2017年の夏。
もう二度と戻れない、あの夏。
当時大学4年生だった私は、とにかく推しに夢中だった。
就活とか卒論とかそっちのけで、推しを追いかけることに一生懸命だった。
2年振りに決まった全国ツアー。
人生で最も暇を持て余していた私は、このチャンスを逃すまいと、一生分の思い出を作るつもりでこのツアーに臨んだ。
北は仙台、南は福岡まで、全国各地をまわった。
推しのツアーのために働き、働いた金のほとんどを推しのツアーに捧げた。
推しもそんな私の期待に応えるかのように、かつて見た事ないくらいに楽しそうで、輝いていて、ファンを煽って、幸せそうで。
そんな推しを見られて、とてもとても幸せだった。
当時はただその大きな幸せに浸っていてあまり気にしていなかったが、今思えばこの時すでに、推しによる “ お別れの儀式 “ は始まっていた。
この年の推しは異常だった。
異常に元気だった。異常に笑った。異常に場を盛り上げていた。異常にボケ倒していた。異常によく喋った。異常にはしゃいでいた。異常に寛容だった。そして異常に無責任だった。
いつもとは違う。なにかがおかしい。全てにおいてやたら大袈裟だった。
そのことには気づいていたものの、その異常な楽しさを目の当たりにして、深く追求する気など一ミリも起きなかった。
だって、そんな異常な推しを今までで一番好きになってしまったから。
簡単にいうと、その年の推しはあまりにアイドルだった。
アイドルという仕事に、全力投球だった。
いつものツアーでは必ずと言っていいほど、もう一つの仕事と並行しているのに、なぜか今回だけはツアーに専念していた。
いつものツアーではもう一つの仕事の方のキャラを持ち合わせているため、本人でも訳が分からないことを口走ってしまったりするけれど(それはそれでおもしろかったりする)、今回はそれがなく、アイドルとして素のままの推しだった。
とにかく、アイドルという仕事に振り切ってくれていたおかげで、今までに見たことのない推しの姿を見ることができて、それが何より嬉しかった。
ツアー期間中は推しに会う度に好きが更新されていった。
最終日なんて、もうこの推しにしばらく会えないかと思うと悲しくて悲しくて、うすら涙を浮かべながら、その日の推しを深く深く胸に刻み込んだ。
そしてその2ヶ月後、本当にあの推しにはもう会えないことを悟ることになる。
人生で最も楽しかったツアーの最終日から2ヶ月後、推しは結婚した。
結婚自体は前々から噂されていたこともあり、そもそもガチ恋オタクではなかったため、素直におめでとうと祝福することができた。
結婚が発表された直後は界隈が荒れに荒れ(これについては余裕と需要があれば後述します)、それどころではなかったのだけれど、騒動が落ち着いて自分自身も冷静になってくると、いろんなことに気づき始めた。
あの夏の推しは、二度と戻ってこないということ。
あの夏の推しが異常だったのは、あくまでもう一つの仕事を休んでいたことが大きい。
そしてもう一つの仕事を休んでいたのは、あくまで結婚というビッグイベントが控えていたからだ。
つまり、結婚に並ぶビッグイベントがなければもう一つの仕事を休むことはないだろうし、もう一つの仕事を休むことがなければ、私の大好きなあの “ 異常な推し “ にはもう会えない。
あの推しの異常さは、結婚前という特別な時期にのみ見ることができた、いわば特別な姿だったのだ。
推しはきっと、彼の中で “ 最高にアイドル “ の状態 で、独身アイドルという肩書きから卒業した。
結婚から一年後、推しは父親になった。
もうあの夏のような無責任で自由奔放な姿は見れない。
いくら仕事とプライベートを混同することは無いとはいえ、結婚前のような全身全霊の無責任さを体現することは、一家の大黒柱となった推しにはきっともうできないだろう。
なのに私は、そんな推しを今までで一番好きになってしまった。
それ故に、2年たった今でも、あの夏の推しへの愛をずっとずっと拗らせている。
もう一度あの推しに会いたい。
でもきっと、この願いはもう叶わないから。
ずっとこのまま引きずっていくのは辛いから。
だから、あの夏の日の推しをビニール袋に入れて、ビニール袋の口をギュッと固く結んでしまいたい。
そして、そのビニール袋ごと、頑丈な金庫に閉じ込めて、あの夏の推しとの思い出を、いつまでもいつまでも大事に保管しておきたい。
いつか、酒のつまみにぴったりな、楽しい思い出として甦らせることができるように。
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