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〇私たちはその土地の水、土、空気を食べている



東北で暮らすようになって最も驚いたことの一つに、「野菜のでかさ」がある。
全部、とにかく大きい。
白菜は赤ん坊より巨大だ。片手で運べないくらい重い。
大根なんて切り落とした丸太で、ちょっとした鈍器として使えるぐらいずっしりしている。
かぶは丸々としていてサッカーボールくらいある。包丁が入らない。


そして、何よりすべて目をむくほどおいしい。ただ茹でただけで、ただ焼いただけで、ただ煮ただけで、塩コショウ程度の味付けにもかかわらずものすごく甘いのだ。


すごい…。これが東北の農家の本気…!

以前、関西へ帰る時に、このおいしさを味わってほしくて、実家に野菜を買って帰ったことがあった。
実家でも同じように、茹でただけ、焼いただけ、煮ただけの作り方で料理した。「よし、きっと驚くぞ~!」と思って意気揚々と食卓に出し、自分でも一口食べてみる。


「…あれ?」


何かが違うのである。
家族は「美味しい~!」と言って食べているのだが、違和感がぬぐえない。確かにおいしい。でも、東北で食べたようなあの、湧き上がるようなおいしさはない気がするのだ。

なぜ?
私はしばらく考えた。
まず最初に思ったのは、「気温?」だった。
関西は東北に比べて気温が高い。東北の寒さの中で食べたからこそ、こうした野菜の味が沁みたのではないか。
あとは、調味料?もしかしたら水も関係あるのか…?とそこまで思い至ってふと、以前聞いたある話思い出した。


それは、沖縄料理店のを取材した時のこと。
店長が「すべてのメニューは、沖縄で実際食べられているのと同じ豚出汁で作ってます」と言うので、なぜ豚出汁なのか気になった。沖縄は海に囲まれているのに、魚の出汁が主流じゃないの?
すると、店長は「沖縄の水は硬水なんだよね」と言った。


「え、そうなんですか?」
外国の水は硬水だから日本人の肌には合いにくい、ということは聞いたことがあったが、まさか日本国内でも硬水の箇所があるなんて思わなかった。初めて知る事実に驚く。


どうやら、沖縄本島の中部~南部は石灰岩の層になっているので、地下から汲んでくる水は硬水になるのだそうだ。この硬水にはマグネシウムやカルシウムがたくさん含まれており健康にいいとされているが、人によっては胃に負担がかかったり、髪を洗うとキシキシになったりするという難点もある。
なので、近年は軟水にするための施設などが普及し、軟水を使う地域が増えているという。


「実は、硬水だと、鰹とか昆布の出汁が出にくいんだよね」
硬水を使って鰹出汁取ろうとすると、軟水で取る時に比べて何倍も鰹節が必要なんよ、コスパ悪いよねえ、とその店長は笑いながら言った。


私は、それを聞いて突然合点がいった。
沖縄は、硬水だったからこその豚肉メインの食文化なのだ。
ちなみに硬水で肉をゆでると、臭みが抜かれ、肉がやわらかくなるのだという。
沖縄の人は、その土地の恵みを生かして、食材を最もおいしくいただける食文化を形成していたのだ。


その土地の土で育った食材を、その土地の素材で調理し、その土地の気候に合った料理に仕上げる。
私は、東北の野菜を関西で調理した時の違和感の正体に、なんとなく気が付いた。

いまの社会では、「地産地消」が推奨されている。
いつでも、どこでも、違う土地の食材を、違う土地の食べ方で楽しめる時代だ。
野菜が豊富に摂れる東北でさえも、スーパーには他の土地から取り寄せた野菜が並んでいることが多い。しかも、その野菜は直売所で見るものよりも小さかったり、元気がなかったりする。

こういう状況を目にすると、「地産地消」をわざわざ言わなければいけない現状って、やっぱり何かおかしいよなあ…と感じる。


関西に住んでいた時、「茨城県産のほうれん草と、熊本産のトマトと、群馬産のキャベツを食べている自分は、一体どこの土地に根差してるんだろう?」と考えたことがあった。
もしかしたら、自分はこの土地に住んでいながら、この土地からは浮いた存在なんじゃないかとも思った。

しかし、今ならそれは違うとわかる。
何もすべてその土地の食べ物でなくても、その土地の水を使って、その土地の気温に合わせた食べ方で育っているこの身体たちは、しっかりと今いる土地の恩恵を受けている。
そして、あなたの身体は、確実にあなたがいま住んでいる土地に“生かされている”んだと思う。



(食欲をさがして 52)