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〇なぜカキフライ定食ができない

ひとりでとんかつ屋で食事していたときのこと。
「むちゃくちゃ量多いな…」と思いながらさくさくととんかつを食んでいると、おばあさん2人組が入ってきた。お二人とも風に揺れるスカーフを巻いており、なんとも品の良いご婦人たちである。
少しはなれた席から、メニューを広げる彼女たちの声が聞こえてきた。
「あら、とんかつとカキフライセットがあるわよ」
「ほんとだ」
「どっちも食べられるかしら…」
その声を聞いて、私は心の中で「やめとけ」と思った。
そのとんかつセットは、とんかつとカキフライをハーフハーフにするものではなく、通常の量のとんかつにカキフライが付いてくる形式のものだったのだ。
その時通常のとんかつセットを食べていた私は、半分を食べ終わった時点でこの戦いが相当きついことを理解し始めていた。サービスなのだろうか、量がものすごく多い。

「これって、カキフライだけの定食はできないのかしらね」
ひとりのご婦人がつぶやいた。
「そうそう、私もそう思ってたのよ」
「聞いてみよう」
二人は店員を呼び、「これって、カキフライだけの定食はできないの?」と尋ねた。アルバイトらしき店員は、うーんと首を傾げた後、「できないです」と言った。
二人はその様子に納得できないらしく、「お金が高くなってもかまわないから、お願いできないかしら」と食い下がる。
店員はしばらく考えたあと「ちょっとお待ちください」と言ってお店の奥へ消えていった。
すると、料理長らしき人がやってきて「何でしょう」と対応する。
「これは、カキフライだけの定食にはできないの?」
すると、料理長は間髪入れずに「できないんです」と言った。「値段が変わってもいいから」「内容が少し違うくらいは大丈夫だから」と二人が言葉を重ねても、料理長は「できかねます」「すみません、無理です」と繰り返すばかりだった。

私は、近くで聞いていただけの存在にも関わらず段々イライラしてきた。「なんでだよ」と強く思った。
なぜ「とんかつとカキフライ定食」ができて「カキフライ定食」ができないのか。
というか、そんなに「できないです」と譲れない態度を取り続けるのはなぜなのか。
もちろん、仕入れ状況や売り上げ云々の関係で難しい場合もあるかもしれない。
ただ、断固として「できない」を崩そうとしない姿勢に違和感を持った。

結局2人は「とんかつとカキフライ定食」に落ち着いた。注文前、ご婦人が「これ、量は多い?食べられるかしら」ともらしたのに対し、店員は「大概の方は召し上がられますよ」と言っていた。

飲食店の取材をしていると、「お店のアピールポイントは?」と質問した時に、たまに「お客さんの希望に合わせて調理できます!」と言う店長さんがいる。これは、予算に合わせてコース料理を用意したり、好き嫌いを聞いてメニューを考えられるよ、というサービスを指している。

ただ、それを聞いてふと思う。
それって、わざわざ『アピールポイント』にすることなんだろうか?

飲食店、というのは「人に何かを食べさせたい」というお店だ。一般の人よりも上手につくれるメニューがあるからお店を出す...というのが飲食店の本来の起こりなんじゃないかと思う(めちゃくちゃ簡単に言っているけれど)。

そう考えると、わざわざ「この店の味が食べたい」と自分の店に来てくれた一人の、その腹具合に合わせて料理を出すのは、本来であれば「必要不可欠なこと」だったんじゃないだろうか。

でも今は、効率化をはかったお店や、もはや創業者の意志は届かないくらいに数が増えたチェーン店がたくさんできたせいで、そんな気持ちは二の次になっている。
だから「お客様に合わせて料理できます!」という文句がセールスポイントになってしまうのだ。

ただ、そんな余裕はなかなかないだろうな...と、あくせく働く店員と、終盤苦しそうに定食を食べていたご婦人方を見ながら思った。


(食欲をさがして 6)