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〇手羽先を食べる快感



人に「好きな食べ物なに?」と聞くのが好きだ。

ハンバーガーに、牛丼、アボカド、寿司、パンケーキ、ジンギスカン、おでん…。
その答えから、その人の趣味嗜好や性格、家庭環境までもが見えてくる気がする。ご馳走から素朴な食材までその答えは様々だが、どれを聞いてもなぜか「その人らしい」と思ってしまう。不思議だ。本当に食の話題はおもしろいなあと思う。

そんな中、初めて「え!?」と言ってしまった食べ物がある。

それが「手羽先」だった。

「一番好きなものは…手羽先かなあ」
と相手が言い始めた時、私は「え、なんで?」と聞き返してしまった。手羽先が、好きな食べ物で1位になるなんて予想もしていなかったからである。


私は、手羽先にあまりいい印象を持っていなかった。
手羽先料理を目にする度に、「結構食べにくい肉だなあ」とか、「食べるのに手間かかる割に肉部分なんて少ししかないし…」などと思って、あまり進んで食べようとは思わない部位だった。
それに、居酒屋を取材した際にも「安く仕入れられる部位なんで」と食べ放題が行われているのを多く目にしていたので、どちらかというとあまり特別感は持っていなかったのだ。

よりによってなぜ手羽先?と思い、「味付けとかが好きなの?」と聞くと、
「味付けっていうよりは…肉そのものかなあ」と言う。

更に謎が深まっていく。
「え、肉?のどこが好きなの?」と重ねて聞くと、少し怪訝な顔で「ぜんぶ」と答えた。
私は食い下がって「でも、めちゃくちゃ食べにくいじゃん!」と反論する。
すると、「いやいやいやいや!!!」と議論が熱を帯びてきた。

「手羽先は、食べにくいとか食べやすいとかじゃないから!食べ方だから!!!」


彼女はそう言って、目の前で握りこぶしを作り、「ここが身の付いてる部分。その両側に骨。ここが先の方。わかる?」と言った。
わかる。でかい手羽先が想像できた。説明は続く。
「ここの部分をまず折って、口にくわえる。で、そのまま引くと、スーッときれいに骨が取れるから!」
彼女は爛々とした目で力説していたが、私はうまく想像できなかったので調べた。すると、動画でその内容がそのまま実践されていた。
確かに、これなら身、するんと食べられる!
「なるほど、これ快感かも!」と思った。だがしかし、骨が取れてすっきりするわりに、獲得できる身が小さいのではないか。これについてはどう思っているのか。

聞くと、しかし彼女は続けた。
「違うねん、だから、手羽先は“食べ方”やねん!」

彼らに言わせると、手羽先は身の大きさを楽しむものではなく、その「食べる手順」を楽しむものなんだそうだ。もちろん肉が取れた瞬間も快感だが、わざわざ骨を折ったり引いたりする手間さえも楽しみのひとつだという。

「肉をきれいに食べられた時の、残った骨を見つめるのも楽しいよねー…」
という彼女のうっとりした声を聞きながら、私はなんだかすっかり感動してしまった。
そして、やっと気が付いた。


これって、もしかして、かなり原始的な食の楽しみ方なんじゃないか…!?


みんなでしとめた獲物を分け合って、自分に割り当てられた部分を食べる時。
きっと食べやすい部分ばかりじゃなかったはずだ。ものすごく骨から気にはがしにくいところとか、きれいに食べられない部分もあったんだろう。でも、その中から自分に当たった部位を最大限楽しむために何をしていたのか。
どう骨を折ったら、一番肉にありつけるか。考える。実践する。何度も試す。そして、やっと方法を見つける。
それを「この順番で骨引っ張ったら食べやすいよ!」とか教え合ったり、「見て!きれいに取れた!」とか見せ合ったりとかしていたのかもしれない。
骨についている少しの破片まで綺麗に食べつくし、そのつるんとした骨を見つめる時、きっと原始人も同じような快感を覚えていたはずだ。


「ああ、綺麗に食べた。おいしかったー…!」


一本の手羽先から、なんだかものすごいロマンを感じられた。
手先が、口先が、むずむずしてくる。

ああ、食べたい。手羽先食べたい。
そして、あの原始的な快感を持って、その小さな肉にありつきたいと思うのだ。私は、自分の中の「好きな食べ物ランキング」の中で、手羽先がぐんぐん急上昇しているのを感じていた。



(食欲をさがして ㊴)