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〇いちご狩りにいこうよ


緊急事態宣言が出される前、人生で初めていちご狩りに行った。
車で着いたその農園は、田んぼの真ん中にぽつんとビニールハウスがあるみたいな所で、雑誌やTVで紹介されるような「おしゃれいちご狩り(そんなもんがあるのか?)」が出来そうにはない外見だった。
おそるおそるハウスの中に足を踏み入れると、おばあちゃんがいた。受付らしき手作り感満載の机の前に行き、「あの、14時から予約の…」と言うと、「ああ、はいはい1人1400円ね」とそっけない返事。お金を払うと隣のハウスに案内してくれた。
ヘタ入れらしい紙コップをもらいつつ、おばあちゃんからハウス内のいちごについて説明を受けた。正直めちゃくちゃ訛っていて聞き取れない部分も多かったのだが、中でも記憶に残っているのが「こっちが、おいしいベリー」と言って指された小ぶりのいちごだ。なぜ突然英語!?おばあちゃん洒落てるなあ!と思っていたが、後から確認したら正真正銘そういう銘柄だった。
ほかにお客さんがいなかったらどうしようと思っていたけれど、ハウスをずんずん進んでいくとちゃんとカップルとかもいた。よかった。いいよね、いちご狩りデート。「あーん」っていちご食べさせたり写真撮ってまったりできるもんね(知らないけれど)。

一通り説明が終わったらしく、「ほんじゃ、今から20分です~」と言っておばあちゃんは戻っていった。20分か…結構短いぞ。そう思い、とりあえず一番近いいちごに手を伸ばす。大きくて、赤々とした身。一瞬「これって洗った方がいいのだろうか?」と思ったが、そんなことをしている人はどこにもいない。
よし、と決意し、そのまま口に放り込んだ。
青臭いにおいが一瞬かすめた後、甘い香りが口にふわっと広がる。
一口噛むと、ぐじゅ、っという食感のあと、強烈な甘さがあった。
「んんんんんんんん~~~!!!!!」
思わず声が出る。これぞ、いちご!さすが、いちご!どんな「いちご味」にも再現できない、この正真正銘のいちごのジューシーさ。
テンションが上がった私はやっと視界が開けた気持ちになり、ハウス内をぐるっと見回した。そしてびっくりした。
むちゃくちゃ銘柄がいっぱいあったのだ。
おばあちゃんの訛りにしり込みして全然耳に入っていなかったのだが、そのハウス内にはざっと見まわしただけでも6~8種類のいちごがあった。
こうなると、食べ比べしなくては気がすまなくなってくる。ぷちん、と摘んで、ぎゅっと噛み、じゅわっと広がる甘い汁。その度脳内に溢れる幸福。その幸せを感じるためだけにひたすら目と手を動かす。だんだん銘柄とか味のコントラストなどどうでもよくなってきて、ただただ「いかに甘くて大きい身を摘むか」で脳内がいっぱいになってくる。
「こっちの方が好きかも」「これが甘い」「これは酸味があっていいね」など言っていた感想ももはやなくなり、目がマジになってきた。もっとおいしい、もっと甘いいちごを口に放り込みたい…!形も大きさも色も味もそれぞれ異なるいちごを黙々と口に入れ続けてしばらくたった頃、ふと、私はあることに気付いた。
「最初のがいちばん甘かったな…」
そうなのだ。食べても食べても、感動が最初の一口を上回らない。おかしいぞ...。やっぱりあの品種が一番味覚に合っていたのか?そう思い、最初の銘柄に戻ってまた食べる。しかし、口が慣れてしまったのか脳がばかになってしまったのかわからないが、覚えている甘さは訪れない。「あれ、おかしいな、おかしい…!」。そう思いながら食べ進めたけれど、いくつ食べても魅惑的な甘さはその後二度と訪れることはなかった。
昔聞いた、アダムとイヴのことをぼんやり思い出す。

20分をきっかり守って受付に戻ると、おばあちゃんたちがせっせといちごをパック詰めしていた。誰も20分なんて気にしていない。「ありがとうございました~」と言ってビニールハウスから出ると、顔も上げずに「どうも~」と返ってきた。
私たち観光客がいちごに夢中になっている間、おばあちゃんたちはただただ仕事に必死だったのだ。そうか、果物を関しては、みんな同じように食べるのに必死なのだ。
いちごでぱんぱんに膨らんだお腹を抱えながら、「いいぞ、果樹園。応援したい」と思った。


(食欲をさがして 16)