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〇きゅうりにドはまりする夏


アニメや漫画、本に出て来る食べ物たち。
幼い時、それらを見る度に親にねだった。プリンやケーキ、アイスキャンディーにチューインガム…(甘いものばっかり…)。
しかし、悲しいかな、実際に食べてみるとそれは物語で見た時以上の魅力が感じられなかったりする。
プリンはアニメのようにふるふる綺麗にふるえないし、ケーキに乗っている生クリームは時間が経つとべたべたしてくる。アイスキャンディーはすぐ溶けるし、チューインガムは主人公みたいにぷっくりうまく膨れない。
がっかりする経験を繰り返す度に、今こうして食べているものと、物語に出て来るあのキラキラした食べ物ははたして一緒なのかと疑問ばかりが浮かんだ。

しかし、そんな中でも「これはまったくアニメと一緒だ!」と感動したものがある。
それは、となりのトトロに出て来る「きゅうり」だ。
さつきとメイの二人が、おばあちゃんからもらった取れたてのきゅうりをばりっ!とかじる瞬間。そして、青いその身を口いっぱいに頬張ったまましゃべるメイの姿。その時メイの体験している食感までこちらに伝わりそうなあの描写。
あのシーンを見る度に「きゅうり食べたい!」と言い、よく冷えたきゅうりを丸ごと一本かじったものである。あのきゅうりは確かに物語のそれと相違なかった。子どもに丸々一本は随分大きくて、最初の二、三口を満喫して後は惰性で食べ進めることになるのだが、それでも言い表せぬほどの深い満足感を得たのをよく覚えている。

そんな感覚も随分遠くなった最近、直売所で、きゅうりが売られているのを見かけた。直売所は主に農家の人が直接持ち込んでいるので間に業者が入っておらず、その分スーパーなどで買うよりも安く、活きのいい野菜が多い。
今の季節だと、なす、トマト、きゅうり、ズッキーニなどが「旬の野菜大集合!」みたいな感じで冗談のようにずらっと並んでいて、中には軽く恐怖を感じるくらいに大きく成長したものもある。
そんな中、8本入って200円という目を疑うようなきゅうりに出会った。いつもなら重くて買わないのだが、そのきゅうりがあまりにもイキイキと育っていたことや、見るからにつやつやと美味しそうな緑だったのでつい手が伸びた。手に取ってみると皮膚に食い込むほど立派ないぼがたくさん並んでいる。
説明を読むと、それは「四川(しせん)きゅうり」というものだった。
何でも、たくさんのイボとしわを持つ、昔ながらのきゅうりの良さを受け継いだ「白いぼきゅうり」だという。昔ながらの、ということは今のきゅうりとは違うのだろうか。そんなこと言われたら俄然食べたくなるじゃないか…!
ということで、重たいのを承知で買って帰った。サラダやぬか漬けにするも、何せ8本もあるのでなかなか減らない。
その時、幼い頃に、トトロを見ながら1本ばりばり食べていたことを思い出した。そうか、そのまま食べて減らすという手もあるな…!
水でさっと洗ってひとくちかじり、その食感に驚いた。普段食べているきゅうりよりも皮が薄く、簡単に噛み切れる。ガリッというよりシャリッという軽やかな歯切れなのだ。そして中からじゅわっと溢れるみずみずしい汁。香りも濃厚で、何だかフルーツを思わせるさわやかな甘みもある。
なんだこれ…四川きゅうり…めちゃくちゃおいしいじゃないか…!!

俄然きゅうりに興味が湧き、調べてみた。
「世界一栄養がない野菜」と言われるきゅうりだが、実はこれは「栄養」ではなくて「カロリー」の間違いだそうだ。実はきゅうり、95%が水分ながら、ビタミンやカリウムなど、それなりに栄養も含んでいる。身体の余分な水分も排出するため、高血圧にも効果的らしい。
栄養があると言われるとどんどん食べたくなってくる。8本あったきゅうりは、そのままかじりついたり、スライスしたり、焼ききゅうり(甘みが出て最高)にしたりして見事完食した。こうして、やっと数日続いたきゅうり地獄から解放されたのだった。

しかし先日、ふとした瞬間に、全く脈略のない場所で、鼻のあたりをきゅうりの香りがよぎった気がした。びっくりした。
これは…身体が完全にきゅうりを欲している…!
ひょんなことから手を出したきゅうり。すっかり夏の定番になりそうである。

ちなみに、きゅうりは一部では「果物」に分類する国もあるらしい。
どうりでこの果実感。そして香り!
その味わいの虜になりつつ、深く納得するのだった。


(食欲をさがして 27)