好きな1巻完結漫画
11月3日は文化の日・漫画の日ということなので、好きな漫画についてのお話。
今回は1巻完結、1巻だけの短編集の漫画のみで、全てKindleでも出ているものを。
空気の底
手塚治虫は1話完結の短編も数多く発表しているが、この『空気の底』に収録された作品はどれも名作揃い。
白人至上主義者の男が戦地で重傷を負い、部下である黒人の臓器を提供されることになる『ジョーを訪ねた男』、平日は大企業の社長として過ごし、休日は乞食に変装して過ごすことが趣味の男がとある女と出会う『夜の声』、実の兄妹でありながら愛し合う2人の男女、そこに妹に求婚する男が現れる『暗い窓の女』、深夜放送のDJがファンの事故を目撃したことをきっかけに奇妙な出来事に巻き込まれていく『カタストロフ・イン・ザ・ダーク』などが収録されている。
大人向けで後味の悪い話が多いが、どの作品も16ページ程で人間の業、社会の不条理を描き切っている。
もし生きていれば今日2022年11月3日が94歳の誕生日だという手塚治虫。
歴史上の偉人レベルの人だと思っていたので、まだまだ存命していてもおかしくない年齢だということに驚かされる。
人生で最初に読んだ(唯一家にあった)漫画『ブラック・ジャック』と並んで、自分にとっての人生の一冊である。
愛ぬすびと
『オバケのQ太郎』『忍者ハットリくん』『怪物くん』『笑ゥせぇるすまん』などで知られる藤子不二雄(A)の異色作。
最愛の妻の治療費を稼ぐため結婚詐欺を繰り返す男を描く、一風変わったピカレスク・ロマン作品。
彼が行っていることが酷い所業であることは間違いないのだが、彼の飄々とした態度とそのあまりの潔さに思わず笑えてくる。
リアルな劇画タッチの画により、登場人物たちの喜び、悲しみ、絶望など気持ちの昂ぶりが伝わる作品である。
偽りの愛の果てに彼を待ち受けるのは…。
藤子不二雄(A)といえば、ブラックユーモア短編集1〜3も必読。
さよならもいわずに
著者自身が、11年連れ添った妻をある日突然失った時のことを描いたドキュメントコミック。
倒れている妻を発見した時、葬儀の時、その後の生活。
彼の悲しみが、あらゆる漫画的表現を駆使しながら描かれている。
この作品に漂うあまりの無念さ、喪失感は頁を飛び越えて読者にも重くのしかかってくるほどである。
著者が精神を削りながら、妻がいた愛おしい日々のことを思い返していることが画と文から滲み出ている。
これを読んだだけで、第三者である読者が簡単に著者のことを、彼等夫婦のことを知ったような、理解した気になることは到底できないが、何と尊い日々だったのか、その日常の中に愛が溢れていたかが伝わる一冊である。
サザンウィンドウ・サザンドア
団地に暮らすさまざまな人々の暮らしを描いた短編集。
自分は団地とアパート・マンションの違いも分からないレベルの人間だが、なんとなく団地という場所はそこに住む人々の繋がりがより強いイメージがある。
結婚を機に団地暮らしを始めた若い夫婦の花火大会の1日『今年の花火』、日舞とストリートダンスが思わぬ形で近付くことになる『ババアは』、団地の自治会主催のクリスマスパーティーを仕切るはずの会長が見つからない『会長を待ちながら』、終電を乗り過ごした若いサラリーマンが団地までの長い道のりを歩いて帰ることになる『夜を歩く』などが収録されている。
四季の移ろいとともに、そこで暮らす人々のささやかな、しかし豊かで愛おしい日常が描かれる。
読んだ後には、いつもより少しだけ近所の人のことを気にかけてみようか、挨拶の声を大きくしてみようかと思えるような優しい物語である。
夢中さ、きみに。
『女の園の星』がアニメ化も決定している和山やまの短編集。
高校2年生の林、二階堂。
個性的な2人の男子高校生を中心に、その周りの現代高校生のリアルな日常がシュールな笑いとともに描かれている。
かなり変わってるし、正直何を考えているのかよく分からない、しかしどうにも気になってしまうような、抗えない魅力がある人物。
そんなヤツが同じクラスにいれば、後ろの席にいれば、まぁ明日も学校に行ってみるかと思えるのかもしれない。
和山やまが描く女子高生はみな素敵だが、特に『友達になってくれませんか』の「おいも3兄弟」さんは可愛い。
カラオケ行こ!
再び和山やま作品。
中学3年生男子がひょんなことから39歳のヤクザにカラオケで上手く歌うコツを指導することになる。
『夢中さ、きみに。』に続き、シュールでユーモア溢れる登場人部たちのやりとりが可笑しい。
危ない世界を知りつつ、ヤクザの人情(?)に触れながら少年は大人への階段を少しだけ昇る。
もちろん現実のヤクザは到底関われるような相手ではないだろうが、フィクションならではの楽しさに満ちた作品である。
読み終えた後は、「カラオケ行こ!」と、思わず誰かを誘いたくなる。
Gutsy Gritty Girl
『ロスト・ラッド・ロンドン』『GLITCH』などのシマ・シンヤ作品。
現代、近未来、夢の世界など、シチュエーションや人種もさまざまな短編集。
イギリスで生きる日本と香港をルーツに持つ少女を描く『Gutsy Gritty Girl』、野生動物の異常進化によりほぼ人類が滅亡した地球を痛快に生きる3人の女たちの物語『Good Morning Ladies』、未知なる海を目指し歩き続ける男たちの救いと再生の物語『Man On The Shore』などが収録されている。
決して全ての物語で大きな出来事が起こるわけではないが、シンプルな線で描かれる画の中に、困難の中で力強く生きる血の通った人々が生き生きと表現されている。
旅する缶コーヒー
最後は、最近人から教えてもらって読んだら良かった作品。
尾道、中目黒、八ヶ岳、ロンドンなどさまざまな土地で繰り広げられる何気ない日常を描いた短編集。
それぞれの物語のちょっとしたきっかけとして、缶コーヒーが出てくる。
久しぶりに地元に帰ってきた元アイドル、同期入社の女に想いを寄せる男、浮気疑惑のある夫と海外旅行に来た妻、とある理由から部屋が片付けられない女、小学校の同級生の葬式で久しぶりに集まった女たち。
11の物語が綴られている。
この中で描かれている優しさは、まるで缶コーヒーのようである。
決して特別な珍しいものではなく、誰もがさりげなく誰かに贈ることができるもの。
少しのことで、私達は誰かの心や体を温めることができるのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?