それはまるでGoogle Chromeのように -フィジカルvsストリーミング-

 以前書いた通り、僕は基本的に音源については「デジタルよりフィジカル」派で、今は平成28年だというのに、せこせことCDを購入していました。年々薄くなっていくブックレット、消えていく歌詞カード、増えていくクレジット、糊付けが適当だからズルっと落ちてしまうディスク。「また写真4枚だけかよ!」とツッコみながらそれでもThe War on DrugsやTame ImpalaのCDを購入してきました。中でも素晴らしいのがAviciiのアルバム。歌詞は一切載せずに、それまでの自分の功績を紹介していくブックレット。

 「どうだい、Coldplayとコラボして大ヒットしたんだ。Madonnaの新作にも参加したんだよ」

 「知ってるし、知らんがな」

 それでもコツコツとCDを貯めてきました。もしも、そんな大切なコレクションが、Netflixで絶賛配信中のドラマ「The Get Down」の如く燃え尽きてしまったならば、僕はきっとドラッグディーラーになってもおかしくありません。それくらい大事な宝物です。

 そんな価値観に変化が訪れたのが2016年。きっかけは主に2つあります。

 一つはシンプルに、ストリーミングサービスの利便性には抗えないということ。僕は現在、Apple Musicを使用しているのですが、リリース直後の新作を合法で、フルで、そしてミュージシャンにお金が入る形で聴く事が出来るのはやはり素晴らしい事です。Amazonですら入荷数が少なく、発売日の数日後に届くようなインディ・レコードの数々が、今、この瞬間に聴ける。これこそまさにデジタル技術の賜物です。もう、Pitchforkが中途半端な点数を付けたり、SNOOZERが酷評したりといった余計なフィルターをかけて音源を聴く必要はないのです。

 ただ、これだけならそれほど大きな理由にはなりません。速度はそれほど重要では無いのです。フィルターも外せば良いのです。

 最も大きな要因、それは2016年に発表された名作の多くがストリーミング/ダウンロードでしか聴けなくなっているということです。Kanye Westの"The Life of Pablo"も、Chance the Rapperの"Coloring Book"も、Frank Oceanの"Endless/Blonde"も、あるいはYoung Thugの"Jeffery"も現時点でフィジカルが存在しないのです。Chance the Rapperに至っては、彼の全ての作品がそうです。

 更に、ストリーミング/デジタル配信→数週間後にフィジカル発売の流れも定着してきました。例えばDrakeの"Views"にBeyonceの"Lemonade"、Rihannaの"Anti"、Radioheadの"A Moon Shaped Pool"もこのパターンです。

 つまるところ、今年、商業的にも、批評的にも大きな成功を収めた作品のほとんどは、ストリーミング/ダウンロードで聴く事が大前提です。

 更に、Kanye Westの"The Life of Pablo"に至っては、「誰一人としてフィジカルを持っていない事」を利用して、リリース後も音源が変化しています。

 以前のnoteで、僕がTIDAL経由でこの作品をダウンロードしたと書きましたが、その音源よりも、現在Apple Musicなどで聴ける音源の方が、クオリティが高くなっているのです。20ドルでダウンロードした「手元にある」音源よりも、月額980円でストリーミングする「手元にない」音源の方が作品として優れているという状態です。いわばバージョン1.0とバージョン1.5。さながらソフトウェアのように作品はアップデートされていきます。いつの間にかGoogle Chromeのデザインが変わっているように、"Wolves"にはSiaのパートが復活しているのです。

 とはいえ、「Ver.XX」的な考え方は、ストリーミングサービスが登場した頃からある程度予見できていた事です。それが実現するかどうかは、常にコンテンツ側、技術を利用する側にあります。

 状況は変わりつつあります。既にビルボードチャートは、集計システムにストリーミングサービスの再生回数を反映させるようになっていますが、Chance the Rapperの"Coloring Book"は、史上初めて「ストリーミングサービスのみでビルボードTOP10入り」したアルバムとなりました。その再生回数は、実に6億回近く。世界最大の音楽賞であるグラミー賞では、この作品の反響を受けて、次回以降の選考において「ストリーミング配信のみでリリースされた作品も選考対象」という規定変更が行われました。

 一方で、先ほど紹介した"The Life of Pablo"は6月第2週に売上枚数1枚という謎の記録を達成しております。

 これはつまり、その週にKanye WestのWebサイトから直接ダウンロードをしたのが、たった一人いたということです。もうなんでもありです。変化を楽しんでいきましょう。

 そういえば最初に挙げたラインナップは全員ヒップホップ畑のミュージシャン。つまりはミックステープ文化をそのままデジタルの世界に持ってきたと考えると自然といえば自然で、なんか時代って感じ。というわけで「フリースタイルダンジョン」でお馴染みT-PABLOWもクルーの一員、BAD HOPの新作がフリーダウンロードで聴けてクソ素晴らしいので、とりあえず日本語ラップが気になっている人は全員聴けば良いと思います。このレビューも必読。

Life Style / BAD HOP

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26歳の会社員。趣味で音楽の事を書いてます。第一回「rockin'on presents ONGAKU-BUN 音楽文大賞」入賞。 連絡先 : neu_mura@outlook.com
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