【Capacity】 ーある男の手記ー 1日目

 色褪せヒビ割れた青いタイルの床で目が覚めた。窓から差し込む強い日差しが私の眼をじりと焼く。ずいぶん長いこと気を失っていたようだ。

 状況を整理する。目の前にはバーを彷彿とさせるカウンターがあり、レザークッションに鉄製の脚が付いたハイスツールが均等に並べられている。カウンターの上にはティーカップやプレートが置いてあり、ここはカフェやレストランの類と予想する。立ち上がり、店内を徘徊したが人は居なかった。というより、そもそもここは廃墟の様だ。店の中のあらゆる物は砂にまみれていた。

 記憶の糸を辿るがなぜ私がこのような場所で倒れていたのか全く覚えがない。そもそも私は誰だ?名前も、出生もわからない。なぜこんな穴だらけのトレンチコートを着ているのかも。自分がわからないというのは果てしなく恐ろしい。今にも気が触れそうだ。ひとまず目の前の状況に集中しよう。

 ちなみにこの手帳とペンは私が目を覚ました時手元に転がっていたものだ。誰の物かはわからないが、中のページは全て白紙で、勝手がいいので日記帳として使わせて頂くことにした。まあ、怒る人もいないだろう。

 日がある程度落ち、眼も光に慣れたので窓の外を見る。開いた口が塞がらなかった。外に広がる景色はただ、荒野だった。空しい風音と共に砂塵が吹き荒れる。これは本当に現実なのだろうか。

 すっかり暗くなってしまった。あれから膝を崩し、ハイスツールの留め具を呆然と見つめたまま4、5時間は経った様に感じる。実際は30分程度かも知れない。頭を持ち上げるのもままならないほど気怠い体に鞭を打ち、上の階を探索することにした。
 
 レジの側にある扉から踊り場に出ると、店の物と思われる看板が目に入る。【喫茶 パルス】それがこの店の名前らしい。踊り場から階段を上ると屋上へと繋がる赤錆に塗れた鉄の扉にたどり着いた。屋上に出ると外は心地良いそよ風が吹き、空を見上げると満天の星が闇を埋めている。鬱屈した気分も少しではあるが軽くなった気がする。空腹に気づく。空腹で脚に力が入らない。私はいつから食事していないのだろう。

 ふと遠くのほうに目を凝らしてみると、ビルのような縦長の建築物が構えていた。ここからおよそ50kmといったところだろうか。私が今いる建物以外の、目視できる地上に他の人工物があるというだけでアドバンテージになってしまう事実に、思わず鼻で笑ってしまう。

 兎も角、目先の目的は定まった。明日に備え今日は眠りに就くとする。

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