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【読書感想文】そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

去った ものに手を伸ばしてもしかたがない。今より大事にすべき過去など 一つ も ないのだから。親が替わっていく中で、私はそれを知った。
瀬尾 まいこ. そして、バトンは渡された (文春文庫) (Kindle の位置No.3676-3678). 文藝春秋. Kindle 版.
  

森宮優子が主人公の2部構成の物語。高校3年生の彼女の視点をメインにこれまでの家族にまつわるエピソードを織り交ぜながら展開される第1章。そして、結婚を控えた22歳の彼女の物語。

あらすじ

主人公優子には、父親が3人、母親が2人いる。おまけに家族の構成は高校3年の時点で7回も変わっている。それに付随して、苗字は4回。水戸、田中、泉が原、森宮。

母親とは幼い頃に死別。父親とは小学五年生の時、父親の海外赴任の際に別れることになり、その時の母親であった梨花さんとしばらく暮らすことになる。

次の父親である泉が原さんは、ピアノが欲しいと言った優子の思いを叶えるために梨花さんが結婚をした相手。お金持ちで少し年配だけど、優しくて余裕があって、包容力があるおじさん。

泉が原家では身の回りの世話は全てお手伝いの吉見さんがやってくれる。そんな生活に梨花さんは暇を持てあまし、優子を残して家を出て行く。けれど、しばらくすると優子を連れ出し違う結婚相手の元に。

そして、行き着いた先が森宮さんの家。東大卒で超大手に勤めている森宮さん。梨花さんとは中学の同級生で同窓会で再会を果たし、そのまま結婚。結婚した後、すぐに梨花さんは消えてしまい、森宮さんとの二人暮らしが始まる。

破天荒な梨花さんだけど、その行動の源は全て優子のことを思っての行動。ピアノが欲しいという優子のため。自身の病気が発覚したら、若くて財政的にもしっかりしている森宮さんの元へ。

「うん。 女の子は笑ってれば三割増しかわいく見えるし、どんな相手にでも 微笑んでいれば好かれる。人 に好かれるのは大事なことだ よ。楽しいとき は思いっきり、しんどいときもそれなりに笑っておかなきゃ」
瀬尾 まいこ. そして、バトンは渡された (文春文庫) (Kindle の位置No.692-694). 文藝春秋. Kindle 版. 


第二章では、優子の結婚式で全員の親が初めて顔を合わす。家族の形を優子の視点だけで描いているのだけれど、優子の視点から他の親の思いにも到達することができる。最後には涙を流してしまう作品だった。

特殊な家庭事情から、優子は周囲の先生を含む大人たちから過度な心配をされるが、彼女自身はその期待に応えるような苦悩を持ち合わせていないことがある種の悩みでもある。親がコロコロ変わってしまう子はかわいそうだという、思い込みがそこには存在しているが実際はそうとは限らない。

森宮さんのことを絶対にお父さんとは呼ばないが、かといって、父親と認めていないわけではない。高校生にしては珍しいくらいの仲の良さだ。

森宮さんも、あえてか、天然か、「父親として当たり前だろう」とそんなセリフを繰り返し優子に投げかける。

始業式の朝ごはんにはカツ丼を。餃子にハマれば数日は餃子を作り続ける森宮さん。少しずれてはいるがそういった森宮さんの姿に優子は、やれやれと思いながらも受け入れて行く。

優子ちゃんが来てわかったよ。 自分より大事なものがあるのは幸せだし、 自分のためにはできないことも子どものためならできる」
瀬尾 まいこ. そして、バトンは渡された (文春文庫) (Kindle の位置No.4283-4284). 文藝春秋. Kindle 版. 

感想



この「やれやれ」という周囲の人との関係性は理想的なものではないだろうか。

「仕方ないなぁ」と言いながらも受け入れる。自分に迷惑がかかっていたとしても受け入れる。そんな関係性が実は居心地の良い状態だったり。

人は適度な迷惑を実は望んでいて、そうすることで、自分も他人に対して、完璧じゃなくてもいいんだと思える。緊張しなくてもいい緩い関係性。

梨花さんや森宮さんとの関係を思い出すたびそんな印象を受ける。誰にだって、完璧な状態であろうとしなくてもいい。相手も緊張しちゃうから。

そんなに器用な人ばっかりで構成されている世の中でもないし。

血の繋がった家族かどうかは関係なく、家族の関係においてもこのようなことが言えるのかもしれない。

家族の場合はある種の緊張のかたちも必要だったりするのかもしれないのかもしれないけど。いや、家族に限らず、いろんなかたちがあってもいい。

物語に登場するどの親も本当に優子のことを考えてくれるいい親であろうとする。方法はそれぞれ違うが、優子への思いを直接的・間接的に伝えようとする。

逆に優子はそういった親たちの気持ちを汲もうと無意識のうちに努力している。というか、彼女にはその能力がある。いつも自分本意にならず、相手のことを考える。だからこそ、どの親とも特殊な悩みなく生活できたのかもしれない。

優先順位の一位は友達じゃない。何が一番かわからないのなら、正しいこと を優先すればいい。だけど、何が正しいかを決められるほど、私は立派では ない。
瀬尾 まいこ. そして、バトンは渡された (文春文庫) (Kindle の位置No.1881-1882). 文藝春秋. Kindle 版. 

大人からすると一種不気味に映るような優子の生活。友達に嫌われようが、どこか飄々としているし、しょうがないと割り切って考える。相手の気持ちを優先するばかりどこか冷めたようにその姿は映るのかもしれない。

小学五年生の時に、自分で親を、環境を選ばされることになった時から、いや、もっと前、親と死別し、祖父祖母と生活する様になった時から優子には知らず知らずのうちにそのような決意が自然と備わっていったのかもしれない。

その選択の数々を通して、人生における大切なものと本気で直面してきた結果が彼女の今なのだ。

そんな優子が結婚相手に決めたのは、自分が一緒にいて安心できる相手、自分の好きなものを持っている相手。ピアノが上手でピザとハンバーグの修行のため海外に渡ってしまうような男性。自分の周囲を喜ばせることができて、それが大好きな男性。

少し抜けているが、芯がしっかりとしているところは森宮さんに似ている。

娘は父親に似ている人を結婚相手に選ぶ。
同族嫌悪。

そんな根拠のない言葉もどこか自然と感じさせるような2人の性格。

僕は、自分では普通の家庭に育ったと思っている。特別金持ちでもなく、貧乏でもない。親との関係も悪くもなく。学生時代良いかどうかはわからなかったけれど、親の愛情は十分に感じていた。今だからわかることだけど。

父親は特に照れ臭かったんだろう。どうやって接するべきかも、よくわからなかったはずだ。それでも大事な時には僕の話を真剣に聞いてくれたし、怒ってもくれた。そういう意味では、僕は親に甘えすぎるくらいには、恵まれていたのだろう。

僕の場合はたまたまそこに血の繋がりがあっただけなんだろう。人間が他人と関係性を築くためには何も血縁が絶位に必要なわけではなくて、その根底にある想いが大切なんだろう。

前回読んだ辻村深月の「朝が来る」も家族のかたちの話だった。偶然、立て続けに家族の話。

もうすぐ大晦日とお正月。今年は家族とどんな話をしようか。

そんなことを考えた赤坂見附のサンマルク。

早瀬君が立つのが見える。本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる 時じゃない。 自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。あの日決めた覚悟が、ここへ連れてきてくれた。
瀬尾 まいこ. そして、バトンは渡された (文春文庫) (Kindle の位置No.4414-4416). 文藝春秋. Kindle 版. 

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