見出し画像

A night in CINE-MAⅢ 【前編】建築のない映画館

中山英之(建築家)+安藤桃子(映画監督)+有坂塁(移動映画館キノ・イグルー主宰)

TOTOギャラリー・間「中山英之展 , and then」
ギャラリートーク「a night in CINE-MA」3

表紙写真=© TOTO GALLERY・MA

映画の入口と出口

中山英之 今日のゲストは映画監督である安藤桃子さんと、移動映画館「キノ・イグルー」を主宰されている有坂塁さんです。お2人には、実はどちらも映画館のない場所で映画を上映されている、という共通点があります。僕も今回、ギャラリーを期間限定の映画館に見立てているので、つまり今日はCINE間の大先輩をお呼びしてしまったわけです。お話の前に、そもそもどうして映画館にしようと思ったのか、少しご説明します。建築家になりたい、と思ったのは高校生の時なのですが、調べると偉い建築家ってみんな東大なんです。ちゃらんぽらんな高校生だったので東大はとても無理だなあと思っていたら、どうやら藝大にも建築科があるらしい。それで美術予備校に通い始めたんですね。そうしたら、そこは高校の教室とはぜんぜん違う場所でした。みんなかっこいい音楽を聴いていて、聞いたこともない現代美術のアーティストとか、古いフランス映画の話とかをしている。それまで一人で美術館や映画館に行くなんて考えたこともなかったので、ぜんぜん話についていけないんです。それで、彼らが話している固有名詞をこっそりメモしては、中古レコード屋さんやギャラリーや、映画館に出かけるようになりました。行ってみたはいいけれど、何から聴いてみればいいのか、どう観ればいいのか、よく分からなかったりするのですが、僕には映画がいちばん面白かった。映画の批評誌なんか読んでみたり。そうやって友達の話の中に入りたかったんですね。当時は個性的なミニシアターがたくさんあって、そうこうしているうちに映画の世界に夢中になりました。文化的なことへの興味が全くなかった僕にとって、何かを深く考えたり、それを言葉にしてみようとすることを教えてくれたのが映画でした。大好きだったミニシアターを自分でも作ってみようと思ったのが「CINE間」です。
前置きがながくなってしまいましたが、今日は映画や映画を観ることについて、お二人にたっぷり伺いたいと思っています。では、まずは安藤さんから、よろしくお願いします。

安藤桃子 よろしくお願いします。では改めて自己紹介を。私は映画監督として映画の「入口」を作る仕事をしていますが、「入口」というのは、「出口」がないと成り立たないわけですね。つまり映画を上映する映画館やそれを観てくれるお客さんがいないと私の仕事もまったく成立しないんです。今全国でもどんどん映画館が減ってきてしまっていて、独立プロダクションという立場の私も最初は悲観的でした。それでも割と早い段階から、なんとか自分の世代にもできることはないか、と「出口」の部分を考え始めていました。そんな頃に高知県で「0.5ミリ」(2014)という映画を撮ったことをきっかけに、「ここなら、革命が、おきちゃうかも!」と思ったことがあったんです。高知は昭和的な雰囲気があって人と人との距離がとっても近く、ここならいろんなことを仕掛けて状況をひっくりかえすことも可能だなと感じました。そこで東京から高知へ移住し、そして、KinemaMができました。現在は2019年1月23日にいったん休館して、2021年にリニューアルするまではKinemaMはまさに形がない状態です。


では最初の、形がないところからどうKinemaMが始まったかといいますと、そのきっかけは2014年の「0.5ミリ」先行公開のときでした。当初は元高知東映の劇場が残っていたのでそこで上映をする計画でした。しかし、耐震性などの問題から劇場が使えなくなってしまい、その日の夜に近所の公園で涙しながら必死に考えてふっとひらめいたのが、高知の屋台文化でした。「そうだ屋台だ! 作っちゃえ!」と(笑)。
最終的に市が所有している城西公園にもともとあった石舞台をステージにして、使うはずだった劇場のシートやスクリーンの機材を移植して、仮設ではない「特設劇場」を作りました。外にも、土日には飲食物販を出店して、映画を観る前も観た後も、老若男女、だれでも楽しめるひとつの村を作ろうとしました。これができた後で「やっぱり映画館は作れる」と思い、そこから貯金を始めました。
KinemaMの劇場は、「映画館やるぞ!」と思ってから、2か月半でできました。最も早く建った映画館かもしれません(笑)。映画館がやりたいという思いは、父から受け継いだ意思でもあります。父が山口県の下関で映画館の運営をしていた時に、いかに劇場をこの世の中で運営するのが難しいかということを幼い頃に見てきていて、その悔しさもありました。高知でなら劇場を文化基地にして、映画に親しみのない人でも映画を知ってもらえる環境があるのではないかと、公園で村を作っていた時から思っていました。

KinemaMのきっかけはビルを所有している地元の建築業者の人からの電話でした。「手つかずの廃ビルが2年間使えるからなんかやれや」と(笑)。「じゃあ映画館をやります!」という話をして、一緒にまちを盛り上げようと意見が合致しました。期限付きであれば、映画館はとにかく早く作らないと儲からないので、映画館のデザインもその日に決めなければ、ということで、デザイン性重視にふりきって映画の中に出てくる映画館のようにしたいと、写真の上に描いてデザインしました。席数は53席、立ち見も含めれば70人ほど入るミニシアターです。

画像8

画像8

© KinemaM


映画館の前の通りは日中は歩行者天国なのに、KinemaMができるまでは人通りがあまりありませんでした。でも劇場ができてからは活気が生まれました。劇場の前でおじいちゃんバンドの演奏イベントをやると、その前でみんな踊りだすんです(笑)。映画館の上映と上映の間に飲食もできる、映画に興味がなくても、なぜかここに足を止めてしまいたくなるような場を作ろうとしました。中高生も最初は見向きもしなかったのですが、だんだんと前に座って携帯をいじったり、ドーナッツを食べたりしだして、最後には劇場に入っていくんです。最初は通常料金にしていたのですが、女子高生に「カラオケより安けりゃ来る」と言われて、その場で、その日から中高生は500円にしました。今でも中高生はワンコインで映画を観られます。
キネマトークといって、舞台挨拶とは別に、私が案内人となって上映作品について話すトークイベントを行なったりもしています。
レッドカーペットもやっちゃいました。自分の作品を自分の映画館で上映するという機会がありまして、いろいろ難しい大人の事情を覆せました。味噌づくりワークショップ「わっしょい!」もやりました。映画文化の底あげわっしょいという意味で、「いただきます みそをつくる子どもたち」(2016)というドキュメンタリーの映画監督のオオタヴィンさんと一緒に、映画に出てきた味噌を子どもたちと作るというイベントでした。

画像9

© KinemaM


映画館以外の場所で映画を観る

画像10

© Kino Iglu

有坂塁 こんばんは、キノ・イグルーの有坂です。中山さんに2番目に紹介してくださいと実はお願いしていたのですが、安藤さん面白すぎです(笑)。すごいプレッシャーですね……。僕のやっているキノ・イグルーは一言でいえば移動映画館です。自分たちで映画を作っているわけではなく、上映する定位置も持っていない。ただ世界中に素晴らしい映画はたくさんあり、年間日本で公開されている映画は1000本、10年たてば1万本増える。だから作られる映画は増えていく一方で、観れない映画が出てくるのは当たり前。その当たり前をただ諦めるのではなくて、その楽しみ方を色々クリエイトしてもいいのではないか、そういう思いがずっとありました。人と映画のコネクションをもっと増やしていきたいと思って、僕らは場所を限定せずに活動しています。2003年に立ち上げたので今年で16年になります。ビジネスで始めたのではなく、趣味で始めたことで、声をかけていただくことが多くなって独立して、今に至ります。

今見ていただいている写真は、神奈川県の横須賀美術館での野外シネマ「真夏の野外シネマパーティ」です。美術館の前にある芝生広場で開かれ、スクリーンの向こう側は海です。500人くらいの規模で毎年8月最終週の土日という決まった日程で開催しており、今年で11年目になります。僕らの野外シネマの活動では、この横須賀美術館と目黒のCLASKAというホテルの屋上での上映会が一番長く続いています。

画像1

© Kino Iglu

有坂 写真のスクリーン、透けていますよね。これ普通のスクリーンではなく、山からの風が抜けるように、自然と共存するためのメッシュ地のスクリーンになっているんです。映画がはじまると、スクリーンの向こう側の船の明かりが、映画の中を透けて移動していくと歓声が上がったりするのですが、普通に考えたらこれって映画を観るのにじゃまになるから、けしからんじゃないですか(笑)。ただ、自然と共存しながら楽しむ、この場所でしか体験できないという意味での一回性というような、楽しむスイッチが入ると、明かりが移動することさえも楽しい。スクリーンの向こう側の一本道をほぼ毎年暴走族が通るんですが(笑)、彼らも通り過ぎずに止まって観ていく。そんなほほえましい昭和的な光景も見れるというイベントが横須賀美術館です。それから、ここ5年ほど、恵比寿ガーデンプレイスでの「ピクニックシネマ」を続けています。それまでここで行われていた上映イベントでは150席のチケットを取るために取り合いが起きクレームが多発していたのですが、僕らは同じ場所に芝生を引いて、ピクニックをしながら映画を観るようにしました。定員数の表記も出さずに、空間全体を観客席にしたところクレームが0になった。芝生の上には自分の場所というものが決められていないので、先に場所取りをしている人と後から来た人の間にも、自然とゆずりあいの場所が生まれているからなんです。

画像2

© Kino Iglu

有坂 「無人島シアター」は夜の無人島にみんなで映画を観に行こうというイベントで、チャーター便のフェリーで100人で懐中電灯片手に島に映画を観に行くというイベントをやったり、熱海の初島で1泊2日の映画会をやったり。そこでアラン・ドロン主演の「冒険者たち」(ロベール・アンリコ監督、1967)や、ウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」(2012)といった島が舞台の映画を上映すると、その日の自分たちの島での体験と映画の物語がつながるんです。イベントがおわって何年か経って思い出した時に、自分の体験なのか映画の記憶なのか、記憶の中で溶け合っていってほしいなと考えて、そういった作品をセレクトしました。

画像4

© Kino Iglu

有坂 もみじ市という河川敷でのイベントに出店した「テントえいがかん」では、15人限定で12分でアニメの短編映画を2作、500円で上映しました。映画を時間で拘束してしまうものではなく、買い物感覚で観てもらいたいという思いがありました。テントの外にも音が漏れるので、前を通った子どもはほぼ必ず次の回を観ていきます。想像力が刺激されるんでしょうね、映像が見えないから。テントの隙間もわざと音を外に漏らすように作っています。

画像5

© Kino Iglu

有坂 それから、僕らのイベントの中で規模が大きいのが、東京国立博物館での野外シネマ(「博物館で屋外シネマ」)です。9月の終わりから10月の上旬にかけて行なっていて、今年で5年目になりました。多いときは6500人で1本の映画を観ました。もともと、博物館の来館者で若者が減っているという話があり、若者も含めて老若男女が集まるようなイベントにしたいと企画者から話をもらいました。上野公園は周辺に民家がないので音も制限なく出せるのですが、縦長の空間で字幕が見えづらいということもあって、今は日本のアニメーションだけに上映作品を絞っています。

画像3

© Kino Iglu

有坂 室内のイベントでは、名古屋の高島屋で子ども売り場に親子向けの短編アニメの上映をしました(「おやつとシネマ」)。椅子があると、ある程度主催者側が人数を計算して皆さん安心して観れますが、それすらもなくなると、子どもの欲望は素直でスクリーンの前までやってきます。最後の4本目のアニメは壁ではなく天井に映して、みんなで寝っ転がって見てみる。何を観たかは忘れてしまっても、寝っ転がって映画を見たことが楽しかったという体験は心に深く残ります。学校の上映会では映画のメッセージを子どもに伝えようと観る作品を選びますが、まずは楽しくないと始まらない。映画を観る行為が楽しいという思いを入口にして行きたいと考えています。
この映画館にはのぞき穴がついていて、外から壁の向こう側の映画を観ることもできます。人の心理として次は壁の向こうで観たくなるので次の回は中に入ってくる。そんな壁の中と外をのぞき穴一つでつないだ設計の映画館です。
小田原の廃校になった中学校でのイベント「星空シアター」では、最初にスクリーンがない状態でイベントが始まります。当然子どもたちは不思議がります。そうしておいて、「スクリーンの入場です!」と言って、スクリーンのついたトラックが「星に願いを」の音楽に合わせて入場してくると、拍手が起きます。それだけで特別な思い出になるんですね。映画の楽しみ方というのは行けば椅子が並んでいて、スクリーンがあって、時間がくれば始まる、とみんなが知っている前提があります。そこをちょっと裏切ってあげるだけで、ワクワクする。
映画館は作品を120%で楽しむように設計されているけれど、そうじゃない楽しみ方があってもいいんじゃないでしょうか。もっと映画の楽しみ方を自由に考えるようにスイッチを切り替えると楽しいアイデアもでてきます。

最後にお話しするのはスターバックスと行なった「Hello Cinema!」という企画です。これは毎月1日に限定で渋谷青山表参道の店舗でやっているプロジェクトです。この日に働いているスタッフは、自分が好きな映画を3本書いた折り紙を胸につけて働くという、ただそれだけの企画です。当然コーヒーだけではなく映画を通してお客さんとのコミュニケーションをとってほしいという思いもありますが、一番の理由は働いている人のマインドを変えたいということでした。スターバックスには接客マニュアルがないということで有名ですが、マニュアルがないはずなのにみんな同じ接客をしてしまっている。でも、そこで働いているスタッフに外で会うととても面白い人だったりする。映画を通してみんなの心を解放できないか、と考えてこの名札を思いついたのですが、実際好きな映画をいうのって恥ずかしいことですよね。それくらい、好きな映画にはその人自身が出てしまうものです。隠しようのない自分を出したままお店に出ると、スターバックスの自分ではなくて、普段の自分としてお店に立てるようになると、みんなの個性が違ってくるんですよ。コミュニケーションももっと自然な形で生まれてくるのではないかという実験でもありました。



画像6

© Kino Iglu

【後編に続きます】


−−−

2019年6月21日、TOTOギャラリー・間にて
テキスト作成=關田重太郎、根本心
テキスト構成=出原日向子


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?