僕の気持ちは誰にも分からないよ(掌編)

神様になり損なった君は僕の隣にいる。

衣替えをして夏服をクローゼットの奥深くにしまい込んでしまった雨傘玲子は長袖を捲っていた。

「暑いね、でも寒いよりかは全然マシ。死ぬほど暑いけど」

笑いながら玲子が何気なく言った「死」という単語に心臓が鷲掴みにされたけど、なんとか平静を保つ。

「明日からはまた気温がグンと下がるらしいよ」

「マジか……寒暖差がエグいね。異常気象がつらすぎて草生える」

「地球規模におかしくなってるからね」

「あーあ、未来に希望がなさすぎて草」

ケラケラ子どもみたいに笑う無邪気な玲子には僕の不安なんて微塵も気づくことがないだろう。
僕は玲子のことを心底愛しているが、出会った後悔に何度も狼狽えている。

正しさを測ろうとするといつも間違えてしまう。正義感が産み出す暴力の鉄槌。正義の為ならいくらでも残酷になれてしまう。
僕は現に、何度も間違えている。正義の鉄槌を振りかざす先はいつも玲子だ。玲子はバカだから、僕の理不尽な暴力に対していつも泣いて謝る。玲子の泣き叫ぶ姿に僕はやっと正義の仮面を外せた。

「やっといつもの周くんに戻ってくれた」

玲子の安堵した表情に僕は何度も後悔をする。でも玲子と同じくらいバカな僕には世界のイロハを理解できない。読めない漢字が多いから勉強をするのを辞めてしまった。読み書きが僕より得意な玲子が代わりに勉強をしていると無性に腹が立った。

僕よりバカなくせに、勉強なんてやめろよ。本音は賢くなった玲子が何処かに行ってしまいそうで怖いだけだ。孤独を埋めるものを玲子以外知らない。類は友を呼ぶんだから、玲子は僕と同じ種類の人間でなくてはいけないんだ。搾取され続ける世界のカーストから出ていこうとしないで。僕の代わりに言葉を読んで。やっぱり読まないで、なるべくずっと、僕とバカになっててよ。

何度目か分からない理不尽な暴力。読み書きができないことで恥をかいて、そのストレスの発散先を玲子しか知らないからいつも通りに暴力。
僕は悪口を浴びて育った子どもだから言葉の暴力が得意だし、親に殴られて育ったから人を傷つける方法しかわからないんだ。そんな言い訳、玲子だけが仕方なかったんだねって聞いてくれたのに。今日の玲子は違った。

「……もう周くんといるの疲れちゃった。心も身体も痛いのに、周くんは玲子を傷つけるのをやめてくれないもんね。あーあ、最悪。生きてて良いことなんて、今まで何にもなかったな」

「玲子……?」

「私はもう死ぬから。私が苦しいのは全部周くんのせいだからね。最悪、出会わなきゃよかった。お前のせいだ」

玲子は静かに泣きながら僕に呪いの言葉を吐いて天井にくくりつけられた紐で首を吊った。
このままでは死んでしまう。
僕は暴れる玲子を抱き上げて、何とか首を紐から外す。僕は玲子が死んだら生きていけない。

興奮して騒ぎ暴れる玲子を抱きしめ続けていたら玲子は大人しくなった。男の力には勝てなかったらしい。諦めて身体を僕に預けて言った。

「周くんのこと、一生許さないから」

「うん」

「世界で一番大嫌い。早く死んでよ」

「うん」

「うんじゃねーよ、早く死ねって言ってんの」

「……うん」

「人の優しさを何度も踏み躙りやがって、クソ男。死ね、早く死ねよ!」

どうしたらいいのか分からないでいたら、見透かした様に玲子は言う。

「……周くんはこんな時にどうすればいいか分からないの?」

「わからない、誰にも教えてもらってない」

「教わる気がなかっただけでしょ」

涙や鼻水で汚れた顔の玲子が僕を見た。僕の顔もきっと同じくらい汚いだろう。

「ごめんなさいって、誠心誠意を込めて謝るんだよ」

あんなに酷いことをしたのに、玲子はまたチャンスをくれるらしい。

「ごめんなさい」

「よろしい。もう絶対、玲子のことを傷つけないでね。傷つけたら周くんが殺したって遺書を書いてすぐ死ぬから」

玲子は笑っていなかった。本気だと言う気迫が伝わる。それでも僕は玲子のことを優しくする自信がない。いつか玲子のことを殺してしまう気がする。それでも、近いうちに僕らの世界ではおかしくなった地球で起きる理不尽な事態でバカな僕らは死ぬんだがら、この小さな僕らの世界を細々と続けられればそれでいいと思っている。暴れ疲れた玲子が寝てしまった後に、初めて星に祈った。

「僕が玲子を殺してしまう前に、早く僕が死にますように」

星が瞬いた。祈りは届いたらしい。僕は天井の紐から首を吊った。縊死。
きっと玲子は僕が死んでも生きていける。これでよかったんだ。サヨナラ世界。来世ではマシな親の元に生まれてこられますように。

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