【400字小説】未夏の森、まだ夏
本当の名前は《ミカ》だけど、《ミナツ》とみんなから呼ばれている彼女は男性。「熟していない夏みたい」って誰かに言われたのが始まり。
3年前に亡くなった父は昭和生まれながら察していたのか、両性の名前を授けた。「ミカ、ミカ、ミカ」とミナツを生前繰り返し呼んだ。だから、ミナツとしても立派にミカらしく生きている。「流行りのトランスジェンダーなわけ」と冗談っぽく鼻で笑うほど。
鼻につく香水は制御できない。ドーナツもやめられない。
父が他界して本当の名前で呼ぶ人はいなかった。でも、一昨日「ミカさん」と久しぶりに呼ばれた。映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』に出てくる同名の男性タクシードライバーに似ているからとのことだった。「初めて指摘されたわ」とツッコんだけれど、内心は父を思い出して、泣きそうになって、まだまだ傷は深いって腑に落ちた。
結局、その男性を好きになったってオチ。恋をするくらいだからまだ熟していない、未夏。
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