asmr

大昔、まだ1人で春の盛った思春期の全盛期を全うしていた青春時代、たまたまインターネットで出会った囁き系のセクシー動画、同僚がソファーで寝ているのを起こさぬようにヒロインの女優様がこしょこしょ話してくれるというシチュエーションの、その音声があまりにも良くて、稲妻が落ちたかと思った。

それはなんというかこう、「エロい!これでいっちょ!」みたいに順序立てて行動を起こす感じではなくて、なんかもういっそこのまま何もしなくて良いです!みたいな、この耳奥からとろける感じでもってひとまず本日分の行為とさせていただきますみたいな、それくらいの衝撃があった。椅子にへなへなになった。あまりにもキモいことを書いてると思うけど、たった今述べた通りあまりの衝撃にいっそなんもしてなかったし、椅子にへなへなになっただけだからちっともキモいことはないのであった。


耳に稲妻が落ちた時に、腑に落ちる出来事があった。

いたいけ一直線の小学生時代、児童館で学友の少年とあまりにも暇を持て余した日があった。
モノポリーは貸し出されているし、プレイルーム(児童館の最上階にあった体育館的な場所。バスケットコート1面分も無くて、体育館と呼ぶにはいささか控えめだったからかプレイルームと呼ばれていた。いやプレイルームって)も他の学年の子が使って空いてない、何をしたら良いんだと途方にくれていた時、相棒の少年がおもむろにちっちゃな子用の絵本を取り出し、早口を試すかのようにごにょごにょと高速朗読を始めたのだった。

そのごにょごにょ早口、念仏のような、スピード特化の寿限無のような、そのごにょごにょ早口、早口というかそのごにょごにょ、そのごにょごにょがものすごく耳に心地良くて、心地良いっていう表現も生ぬるいくらいのじんわり感、脳をくすぐるようなじんわり感が身体を駆け巡ったのであった。

その感覚を当時言葉にするのも叶わなくて、ってか言葉にするべきとも思わなくて、その耳の気持ち良さと折り合いがつけぬまま、ただただ絵本が終わるのが惜しかった。その感覚だけ妙に覚えていた。


件のセクシー動画を見た時に、あああの児童館で、同じ稲妻が落ちていたんだなと腑に落ちた。
腑に落ちた瞬間に見ていたのはセクシー動画であったけれども、ああ今食らっているのはセクシーではなく、耳への稲妻なのだと、だからただただ椅子にへなるだけなのだと、記憶が線を結んだことでいたく合点がいった。


そこからYouTubeで色々探すようになった。セクシーは要らなくて、ただ耳を通して稲妻を落としたかった。
その時はasmr動画が今ほど広まっていなくて、みんな結構手探りで上げていたんだと思う。色々探してみて初めて、好きな声とか音声があるんだと分かった。いち早くasmrの魅力に気づいたであろう中学生の男の子がいたり、もうすでにバズり倒してる外国人がいたりしたけどそれでもそこまで多くはなくて、探し回るのが結構楽しかった。
一応並行してその手のセクシー動画も探してみたけど、全然ピンと来るのがなかったし、「あなたのはただの小声、囁きでもなんでもない、いい加減にしてくれ」と怒りに震えることもあった。少なくともYouTubeの方が、その辺の稲妻にいち早く気づいて、あれこれみんなチャレンジしていたように思う。

今はすごい時代になった。セクシーも非セクシーも多岐に渡り過ぎている。あんまり理に適ってないかも知れないけど、数が増えすぎてものすごく不便を感じている。稲妻を落とすことをなまじ諦めている。
今でも時折ものすごく時間を掛けて、さながら新人発掘超大規模声優オーディションのように(知らないけど)、5秒聴いて次の動画へ、みたく探し回る夜もあるけど、そうそう稲妻には出会えなくなってしまった。若かりし日に聴いて稲妻を落としていた動画も、年月を経て聴いてみるとそうでもなくなっていたりする。耳が受電しづらくなっているのかもしれない。そう思うと切ない。

注文の多い料理店の朗読でめちゃめちゃ好きな動画があったけど、もう消されてしまった。他の注文の多い料理店では全然ダメだった。全然ダメだという事実が面白い。何が違うっていうんだ。




なかなか眠れない時に、適当なasmrを耳元に流して寝る時がある。決まって悪夢を見る。脳が動き続けるからか分からんけど、なんか夢を見るし、決まって悪夢だ。なにも悪夢じゃなくても良いじゃんね。
もうなかなかasmrで稲妻も落ちないし、なかば悪夢起動装置のような印象になってしまった。残念だ。



1個だけ、一時期気に入って結構再生していた動画を置いておきます。

時期の問題か、今の僕にはそんなに稲妻が落ちないし、きっとあなたに落ちることもそうそうないだろう。それくらい耳は個性に溢れている。
だから音楽だってasmrだって、そう易々と人に勧めて良いわけはないのだ。

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