夜明けの向こう

「しまった。
『借りっぱなし』の物、見つけちゃった……」

実家の倉庫を掃除していた彼女は、ふと見つけた古びた箱の中身を見て、一人驚きの表情を浮かべてしまった。
そこに入っていたのは、学園生時代に愛用していた光術師ミスティックとしての装備。

虹色レインボーに輝く不思議な履物サンダル
神秘アルカナムに満ちた装束ガーブ
復讐者アベンジャーから勝ち得た帽子フード
光術師の為のメダルとベルト。闇を祓う小盾シャイニングガード

そして中でも丁寧に保管されていたのが、輝きに満ちた王笏シャイニングセプター+1であった。

「殆どは何とか自力で手に入れられた物だったはずだけど。
……このロッドだけは自力で手に入れられなくて、卒業した人から譲り受けた物だったわね」

あの時、この王笏を譲った相手も、貸して後で返してもらうつもりも無かったろう。
それを勝手に借りた事にしたのは、幼かった自身の身勝手な我が儘でしかなかった。
今ではもはや、誰から譲られたかすら、忘れてしまった位、遠い遠い昔の……

「……いや、でも。もしかしたらまだ残っているかも。あの頃の冒険日記。それを見れば誰から貰ったとか、万が一で分からないかなー。
ちょっと調べてみよっと……」

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結論から言うと、王笏は誰から貰ったかは分からなかった。
無事に読み直せた冒険日記は、学園生として過ごした幾年の記憶と比べればごく僅かな物だった。
学園生時代に書いていた筈の冒険日記の数に竸べても、全く足りなかった。

「しかも、内容も割と下らないものばかりだったわ……
私の名前捩って喫茶店やらせてみたり、
斥候スカウト共が、喫茶店で変態ムーブかましてきたり……
ホント、恥ずかしい事ばかり残ってる……」

日記の内容も、第三者がみたら意味不明の言行にまみれていた。あの頃の日常である。
読み解けるのは、あの当時あの場にいた仲間達以外しかいないだろう。

「これ、大体みんな学園最上位の実力者で、下手したら英雄に足突っ込んでいたのが、ホント、もう……ひっどいわ……」

『英雄の言行録、正直あんまり有り難みないなぁ』と、学園生時代は思っていたが、
今考えてみると『ああ、アレはちゃんとした読み物だったんだな』という思いに至る。
こんな若気の至りは、未来の英雄候補には絶対読ませちゃだめだ。

「……とは言っても、真面目に事もしてはいた。私達は、確かに夜明けの為に戦っていたんだ」

日記の中には、相棒の斥候が主に考案した討伐の記録があった。
巨人親子の同時討伐戦法の考案。
光術師無しでの結晶破壊。
少数精鋭での『できそこないイドラ』討伐。
それらは彼があの頃編み出した、強敵への攻略法と、その果ての偉業の数々であった。
それらは『強大な相手に対しては、力以外の方法で対抗すべき』という、
彼の斥候としての矜持を証明しているようで、なんとも懐かしい気持ちになった。

そして、私はどうだったろうか。あの時はどう考えていただろうか?
いや……わざわざ思い出すまでもない。
『強大な相手からの理不尽から皆を守りたい』という、その一点に最後まで揺らぎは無く、それを成し遂げた。
私は英雄の道を歩みながら、英雄を支えられる道を探していた。

「その結果、今の夜明けの時代に繫がったんだから……私達は上手くやれたんだ……よね」

英雄の器でなかった私は、卒業した後はこのように普通の人の道に戻った。
あの時の仲間達は、今どうしているのだろうか。
相棒は、今でも英雄の道を進んでいるのだろうか。
それを私が知る術は、ない。ないけれども。

「……」

借り物の王笏を手にしながら、昔の皆を思い浮かべる。
そして、今の皆を想像してみる。
その顔は、皆、前を向いていた。

「……大丈夫。私が知らなくとも、皆、上手くやっている。それを、私は信じられる」

そう宣言して王笏を元通りに戻す。
今、私が守るべきは薄明を照らす、微かな光明ではない。

「私は、私の道を守るんだ」

夜明けの向こうに広がる、私の道なんだ。

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2024年6月21日 曇りのち快晴

そういえば、今日は学園の創立記念日だった。
学園を卒業してから10年以上経つけど、今年は創立40周年だとか。
元『黄金期の最上級学園生』として節目の時くらい顔を出すべきだったかもしれないが、英雄関連からは引退すると言い切ったし、何よりあの島に行くのは面倒だし、連絡も来ていないという事で、今年も不参加。

そんな薄情者に罰でも与えたのか、
実家の物置から学園時代の装備が出てきてしまった。
余りに懐かしくなって、当時の日記が無いかとか探し出し、僅かに残っていた日記を読んで昔を深く懐しんでしまった。

……あの学園での日々は、本当に懐かしく、大事な思い出だった。
一生モノの思い出というのは、こういうものなのだなと、今日思い知ったのだった。

……50周年の時は、顔出そうかな。

メイア

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2004年6月21日に、
「魔法学園アヴィリオン」が正式サービス開始していたらしいですわよ。
なんだかんだ言って今になってこういうものを書く位には、
一生物の思い出になってやがりますわね。

全ての学園関係者の皆様へ。
在籍中は大変お世話になりました。
ありがとうございます。