エッセイ 原田勇雅さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、
毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。
このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2014年12月号-2015年1月号より
日本声楽アカデミー会員のバリトン歌手、原田勇雅さんのエッセイを掲載いたします。

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「レガートであること」

原田勇雅 バリトン

歌を歌うとき、心がけたいことの一つ「legatoレガート」。
楽典の辞書 を引いてみると、「レガート=音を切らずに、なめらかに奏すること、その状態」とのこと。  
「音」は目に見えず、生まれては消えて行く。しかし、美しい音や響き、メロディーは私たちの心を動かし、印象に強く残ります。
ひとつの「音」が、リズムやメロディーになってハーモニーをつくり「音楽」になるには、音が響いて、次の音と繋がっていくことが大切で、
きれいなビーズを集めてネックレスを作るかのように、音が有機的に結ばれると、何とも心地よく感じる、これはきっと世界共通の感覚なのではないでしょうか。  
いかにして澄んだ音と歌詞をレガートに結び、楽譜から音楽(歌)を紡いでいくか、歌を志してから今に至るまで、そしてこれからも、永遠の課題です。

2年前(※2014年時)のクリスマスに、イタリア・ミラノ市内の劇場でコンサートに出演させて頂いたとき、会場にいらしていた、仲の良い年配のご夫婦 (なんとご主人は100歳だそうです!)が、
「私たちは楽しいときも辛い ときもいつもレガートなんだ。こうみえても若い頃は歌手になりた かったけど、戦争もあったし、親父の家業を手伝わなければならな かったから難しかった。
だから私は沢山の聴衆を得ることはできな かったが、妻がいて、沢山の友達がいて、家族がいる。みんなと本当にレガートなんだ。だから私の人生は幸せだ。」と仰っていました。
レガートには、「しっくり合う、打ち解ける」という意味もあります。本を綴じたり、宝石を指輪にはめ込んだりするのもレガート。ひもを結わいたり、婚姻を結ぶのもレガート。
実に多彩な意味のある言葉です。
 
お二人はそのホールの公演では常連で、開演前、席に着こうとしたとき、ほかのお客さんと和気あいあいとご挨拶をされている そのご様子から、皆さんに愛されていることが良く分かりました。  
終演後、異国の地に歌を勉強しにきている駆け出しの歌手に、
「イタリアの歌を歌ってくれてありがとう、芸術の追求には終わりがないが、レガートないい演奏だったよ!これから私たちは友達だ。Buon Natale! (メリー・クリスマス!)」と、
握手とハグをしてくれたお二人の温もりと笑顔が今も忘れられま せん。
 
仲良く手をつないで帰るその後ろ姿を見送りながら、素晴らしい出会いに感謝し、絆を結ぶレガートのあたたかさを確かに感じたのでした。