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experience

25年まえのクリスマスイブ、長女が一歳半という年に現在の住まいへ越した。
当時の引っ越しを思い出すと今でも恥ずかしくなる。
当日までには梱包を終わらせておくように。引っ越し業者からは、こう念を押された。けれど幼子がいる。集中して梱包してばかりはいられない。というより、面倒なことを先送りにしたのが本当のところでございます。引っ越し前夜になっても梱包されないものがしこたま残っていた。それだというのに。積み重なった段ボールを見上げてひらめいてしまった。これを引っ越し屋さんがトラックへ運んでいる間に、残りを梱包すれば間に合うはず。
このひらめきを信じたわたしは梱包途中で布団に潜ってしまうのだ。もちろんひらめきなんぞではなしに、物事を都合よく判断しただけだから、そのツケは回ってくる。
 引っ越しの作業員はプロ。家具を分解したり、組み立てたり、荷物を運んだりするのに、暑さ、寒さ、重さ、軽さなんぞ仕事の進捗にはさして影響しません。彼らは淡々とそしてスピディーに家の中の物たちをトラックへと移動し、あれよあれよという間に家をカラッポにしてしまうのです。
結局、作業員のみなさんに手伝ってもらいながら梱包作業を終え、予定時間より遅れて、新居へ出発した次第。

ことし、8月が終わるころに引っ越しをした。家の改築に数ヶ月かかるため、仮住まいへの引っ越しと、この間(かん)使わない物と仮住まいへは持っていけない家具や衣類を置いておくための部屋への引越しと。
25年前のあの教訓を活かす時が巡ってきたわけだ。
「梱包は前日までに終わらせる」「あれよあれよという間に家はカラッポになる」胸のうちで何度も何度も自分に言い聞かせて、いくつもいくつも梱包してゆきましたとも。
引っ越し当日。
相変わらず引っ越しの作業員はプロであった。引っ越しの終盤は物置部屋へ運ぶ書籍やレコード、CDがはいった重たい段ボール。彼らはこれを2つ重ねて運んでいった。
「そんなことしたら、明日が大変ですよ」頓珍漢なわたしの言葉に「大丈夫っす」
苦笑いで答えてくれるプロたちが、何度も段ボールを運び出しても、なかなか家はカラッポにならなかった。

午前9時に始まった引っ越し作業。終わったのはなんと午後8時である。考えてみたら25年前の引っ越しは、若い夫婦ふたりと幼子の3人暮らし。部屋も狭い。今よりはそうとう物が少なかったのだなぁ。
普段から物を持ち過ぎないようにしてきた。が、家族が4人にとなり、同じところに25年も住み続ければ、それなりに物は増えている。たしかに積み上がってゆく段ボールの数に我ながら驚いたもの。

引っ越すひとがいたら、あの失敗談と合わせて話そうじゃないか。「梱包は前日までに終わらせたほうがいいよ」と。けれど、「あれよあれよという間に家はカラッポになる」これはやめておく。
この度の引越しで何より心配したのはこれだもの。
「この家はカラッポになるだろうか」

経験から学ぶ。これは経験を活かすという意味に捉えがちだけれど、実は活かせることが少ないことを大人になるほどにわかってくる。この度の引っ越しを終えて、経験から学べるのは、乱暴に言えば「なんでもあり得るを知ること」のように思えてきた。
 



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