予防接種③

予防接種 -接種時の注射の痛み。小児の疼痛コントロールをどう考えるか-

「予防接種を病院に受けにいく」これって実は大半のこどもたちにとって、初めて注射の痛みを経験する場になります。注射は痛いものです。こどもは痛みの評価が難しかったり、いざ鎮痛薬を使おうと思っても薬剤の用法用量の知見が乏しく、副作用による呼吸抑制が怖かったりといった理由から、昔はあかちゃんやこどもは痛みを感じない、大人より痛みで苦しむことは少ない、こどもに適切な鎮痛を提供するのには多大な労力や時間がかかる、果ては「痛いのではなく怖いだけである」といった医療者に都合のよい「都市伝説・神話」がはびこっていました。すべて「ウソ」です。適切な評価と介入をしてあげればこどもたちの痛みの軽減は図れますし、近年では疼痛コントロールを行わない医療処置はこどもの将来の痛みの感覚や認知機能、運動機能に影響がでるといった研究報告もでています。何よりもこどもは病院や注射が嫌いです。痛いことや怖いことをされたら、さらに嫌いになります。一旦そうなってしまったこどもをいざ受診が必要な時に病院につれていくお父さん・お母さんは困ってしまいます。少しでもそうならないようにするのが私たち小児科医の務め・腕の見せ所のひとつだと思っています。

今回は、予防接種時の注射の痛みをどのように軽減させるかについて記事にしていきます。
一般的に予防接種の注射をする時に、可能な限り細い針を使う、同時接種の場合は痛みの少ない薬剤から順に注射していくなどはよく言われていますが、これは当たり前のことです。

*痛みの強いワクチン:チメロサール含有インフルエンザワクチン・肺炎球菌ワクチン・二種混合ワクチン・ヒトパピローマウイルスワクチンなどがよく痛みは強いと言われています。

ここではそれ以外の予防接種の痛みや不安・怖さを軽減させる7つの方法についてご紹介していきます。
① 接種前にきちんとこどもに予防接種の意味・方法を伝える
② 医療者や保護者は中立的な言葉を使う
過度な励ましや誤解を助長するような言葉は使わない
③ 年齢に応じたディストラクション(気晴らし)を行う
おもちゃ、絵本、風車、シャボン玉、音楽、動画など
④ 外用の局所麻酔薬を使う
⑤ 乳児は母乳か糖水を飲ませる
⑥ 保護者に抱っこしてもらいリラックスした体位をとる
⑦ 接種部位の圧迫や冷却

確かに効果がありそうと思うものからこんなことで痛みは減るのか?と思うものまで色々ありますが、これらはすべて科学的研究で痛みを軽減させる効果があることが分かっています。それぞれの方法について医学論文をかいつまみながら解説していきます。

① 接種前にきちんとこどもに予防接種の意味・方法を伝える
② 医療者や保護者は中立的な言葉を使う
過度な励ましや誤解を助長するような言葉は使わない
③ 年齢に応じたディストラクション(気晴らし)を行う
おもちゃ、絵本、風車、シャボン玉、音楽、動画など

これらの方法については、Psychological interventions for needle-related procedural pain and distress in children and adolescents. Cochrane Database Syst Rev 2018というシステマティックレビューで効果報告がまとめられています。関連する約60個の研究報告をさらに各研究の統計学的なパワー、研究手法(前向き研究・後ろ向き研究・ランダム化・単施設・多施設など)、研究限界などを加味した上で効果が評価されています。本論文の中では、①、②、③の方法はいずれも、自己申告による痛みの軽減、医療者の評価による痛みの軽減、生理学的な痛みの指標(心拍数、血圧、呼吸数:これらは痛みが強いと数値が上昇します)による痛みの軽減、どれを評価対象としても痛みを軽減させる効果があるとされています。
小児科医はよく「こどもは小さな大人ではない」と言います。でも私はよく「こどもは小さな大人である」と言います。どんなに小さなこどもでも、きちんと説明をしてあげる・うそをついてごまかさないことが大事で、予防接種に関してもきちんと説明してあげるだけでも痛みは軽減します。

④ 外用の局所麻酔薬を使う
Relative effectiveness of additive pain interventions during vaccination in infants. CMAJ 2016という論文で結果がまとめられています。多施設共同、二重盲検、ランダム化比較試験という医学的な信頼度は高い研究になっています。この論文の中では、痛みの軽減の評価をスコア表による親/医師/観察者の評価、こどもが泣いている時間などで評価しています。興味深いことに、本研究では親へのビデオ指導があり、こどもが予防接種を受ける前の抱っこの仕方や声のかけ方、気晴らしをさせる方法などが解説されています。その上で注射部位の皮膚に局所麻酔薬を塗ることで痛みは十分に軽減できると結ばれています。当院で使用する局所麻酔クリームも塗ってから効果がでるまで30-60分程度の時間はかかりますが、やはり痛みの軽減効果は一番信頼できるものであり、ぜひこどもたちには使ってあげたい方法になります。

⑤ 乳児は母乳か糖水を飲ませる
・Breastfeeding or breast milk for procedural pain in neonates. Cochrane Database Syst Rev 2012
・Efficacy and safety of repeated oral sucrose for repeated procedural pain in neonates: A systematic review. Int J Nurs Stud 2016
・Sucrose for analgesia in newborn infants undergoing painful procedures. Cochrane Database Syst Rev 2016
などの代表的な論文があり、母乳や糖水摂取を事前に行うことが注射の痛みを軽減させることが報告されています。母乳や糖水の痛みを減らす作用は色々あります。母親に抱かれる安心感、母乳・糖水を吸うことによるディストラクション(気晴らし)、母乳を甘く感じて内因性オピオイドが分泌されることが関与すると言われています。
母乳や糖水の研究は古くからたくさん行われています。何よりも副作用含めてこどもに全く害がないからです。ほんの少しの工夫で注射の痛みを軽減させることができますね。

⑥ 保護者に抱っこしてもらいリラックスした体位をとる
IASP(International Association for the Study of Pain)といって、世界中の医師・科学者・医療従事者が集まって疼痛緩和の研究を行っている団体があります。ここでは、医療処置のためにこどもを押さえつけることは否定的な体験を生み出し、不安や痛みを増大させる、乳幼児は抱っこする、暖める、皮膚と皮膚の接触、両手でつつみこんであげる、6か月以上のこどもでは、両親が膝の上で抱きしめたり、近くに座るようにすることが痛み・不安を軽減させると言われています。

⑦ 接種部位の圧迫や冷却
注射前の圧迫が痛みの軽減につながることは日本では冨本和彦先生が報告されています。(予防接種中の疼痛軽減のために-第2報 接種手技の検討- 外来小児科2013)HPVワクチンの接種前に短い圧迫時間を設けると、痛みが20%軽減したというものです。冷却に関しても国内外よりたくさんの研究報告がだされており、現在確立されている疼痛軽減法になっています。

以上、長くなりましたが今回は予防接種時の痛みの軽減をどう図るか?について記事にしました。当院では上記の一つだけの方法をとるのではなく、効果が証明されている方法をまとめて行い、少しでもこどもたちの痛みや不安を取り除いてあげたいと思っています。

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