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鎮守の杜の井戸端で

のらきゃっと二次創作!


 ここは、どこなのだろう。
 私は、おぼえのない森を歩いている。けものみちだ。私の左右には、背の高い広葉樹が満ちている。そちらのほうに歩いていけなくもないけれど、目の前をぐねぐねと伸びゆく小径は、私の進むべき道を、静かに示してくれているように思えた。

 いつからだろう。
 頭上を覆う緑の天蓋から注ぐ、優しい木漏れ日。時折吹き抜ける、穏やかな風。厚手の軍靴越しにも伝わる、やわらかい土の感触と、わずかな湿り気を帯びたその匂い。私はそれを、新鮮な驚きもなく、ただあたりまえのこととして受け入れていることに気づく。

 私は、だれなのだろう。
 正確に言うのならば、私自身が『何』なのか、それはわかっている。IMRインダストリー製の戦闘用アンドロイド。のらきゃっと型の3期生産品。第4軽アンドロイド大隊、第15突撃歩兵小隊所属。それは確かな私の識別子だけど、はっきりと思い出せるのはそれぐらい。自我や記憶を手繰ろうとしても、その腕は靄のなかで、虚しく空を切る。

 この先になにかがある、そういった直観だけが、私の脚を駆動する。私は、細い道を、ただただ歩き続ける。


 ――ふと、視界が開けた。向かい側の林までおおよそ百メートルはありそうな、大きな、広間のような空間だ。丸くぽっかりと拓けた空は白い光で満ちていて、私は思わず目を細めた。
 私は視線を下げ、辺りを見回す。左手がわ、手前から右奥に向けて、小川が流れている。そしてその中間地点、ちょうど広間の中央部には、数百年単位の樹齢を想わせる大木が、ただ静かに佇んでいた。私はゆっくりと、その幹に歩み寄る。

「こんにちは」

 私の頭上から、ふいに声が注ぐ。私は思わず、身体をこわばらせた。

「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」

 再びの声が届く。優しい響きだった。私は顔を上に傾けた。十メートルは先、大木の上方、幹の分かれ目の枝の隙間に、影が見えた。その姿は空からの逆光を受けて、判然としない。
 ひと呼吸の後、人影は立ち上がった。そして、トンと、軽い音と共に枝から飛び離れたと思うと、次の瞬間には、私の目の前に立っていた。

 その姿かたちは、私と似ていた。似ていたが、はっきりと違った。
 お揃いのバトルドレス、しかし彼女のそれは、黒地に金糸の豪奢なものだった。瞳の色は紅く、深く。薄いピンクゴールドの長髪は、陽の光を透かして輝いていた。
 話には聞いたことがあった。私たちの先輩。のらきゃっと型アンドロイドの……

「ファースト・ロット……?」

 思わず、声が出た。彼女はそれを聞いて、穏やかな笑みを浮かべる。

「そうそう。知っててくれたんだ。うれしいな」

 彼女はそう言って、ゆらゆらと身体を揺らす。ツーサイドアップに束ねられた髪が、柔らかく左右に跳ねていた。私は彼女の眼を見つめる。すると、すぐにそれに気づいたのか、視線が重なる。
 なんと返すべきなのだろう。私は、まとまらない思考を並列で整理しつつ、口を開く。

「ここは、どこなんですか。あなたは、いったい……」

 まず思いついたのは、それだった。いきなりで不躾かもしれないけれど、なんだか、彼女なら答えてくれそうな、そんな奇妙な安心感があった。彼女は口元に手を添えて、小さく頷く。

「わたしのことは、そうね……。『おねえちゃん』って呼んでもらえれば、いいかなって」

 彼女は立てた人差し指を、その唇に軽く添える。

「わたし、製造番号が早いほうだったから、結構そう呼ばれることも多かったし」

 彼女はそう言って、悪戯気に微笑む。私は不思議と、少しだけ気持ちが安らぐのを感じた。気後れする心を押して、素直に、一歩を踏み出してみる。

「おねえ、……さん……?」

 ふふんと、彼女は嬉しそうな顔をする。

「ありがと。それじゃ、こっちにおいで」

 彼女は、お姉さんはそう言って、その身体を翻す。大木の、幹の方角へ。そしてゆっくりと歩き出した。私も、後に続く。

 私たちは、大樹の前へと立った。見上げれば、遥かに伸びる広い枝葉。直上に至っては、ここからではまるでてっぺんを推定できないほどに、高く、青々しく、茂っている。降り注ぐ光は、まるで別の物理法則に支配されているかのように、複雑な回折を経て、私たちのもとへと届いていた。
 四方八方に伸びる巨大な根っこに支えられた、大きな幹。その根元に、お姉さんは腰を下ろした。

「ここでいいかな。さあ、どうぞ」

 お姉さんはそう言って、右手でぽんぽんと地面をたたく。それに従って、私も腰を下ろした。やわらかい土には短い草が生い茂っていっそう柔らかく、すこしだけ、澄んだ水の香りがした。私とお姉さんは、大樹の幹に寄りかかり、体重を預けた。

「そうだ。あと、ここがどこか、だったよね」

 お姉さんが顔を向ける。私は頷いた。

「そうです。私、いつの間にかここにいて。どこから来たのかも」

 落ち着いた空気の中で、私は再び、記憶を手繰る。電子の海に、おぼろげな光の輪郭が浮かぶ。私はそれをなぞろうとした。途端に、不安が襲う。

「私が、いったい誰なのかも、何も」

 その光はまるで、レトロ・ムービーに出てくるフィルムリールのようなかたちで、私の手元から遥かへと伸びてゆく。さっきまでは、見えなかった手がかりだ。
 私は心を静めるように努めて、そこに手を伸ばす。すると、どろりと、私の身体に、それが流れ込んでくる。姿と、色を変えた、赤黒い闇が。
 視界にノイズが走る。痛い。四肢が痙攣する。苦しい。私の、うめき声が洩れる。そして、私はそれを、俯瞰的に見つめている自分に気づく。私は、記憶の断片に、手を掛けていた。そうか。そうだ。それなら、どうして。
 ああ、視えるはずのない眼が。あるはずのない手足が。……凍えるように、寒い。


 ――私は背中に、柔らかい熱を感じる。暖かな、圧力を。
 私は目を開けることができた。視界に入ったのは、私を抱きしめる、二本の腕。私を後ろから包み込む、お姉さんの腕。

「大丈夫。大丈夫だから。ゆっくりと、思い出して。まずは、そこから」

 気持ちの落ち着く声。やわらかい音色。

「ここに辿り着いたということは、きっと、受け入れる準備ができたということだから」

 お姉さんのその声が、締めつけられた頭に響く。その新たな光が、思考の道しるべになる。わたしは少しずつ、記憶の根っこを引き寄せる。お姉さんの、ゆったりとした語りが、私の中を流れてゆく。

「とてもつらい体験。どう足掻いても、取り戻せない過去。その唯一にして絶対の特効薬は、『時間』だから」

 私の最後の任務。従事した作戦。それは、失敗に終わって。

「忘れるわけじゃないし、薄れるわけでもない。でも時間は、少しずつ、その角を削り取ってくれる。その想い出を、ただ、受け入れるために」

 焼き払われると、わかっていたのに。具申なんて通らないと、知っていたのに。私は。皆に、甘えてしまって。

「とても長い時間が必要かもしれない。それはそれは、遥かな時間が。でも、この森は、そんな無限の時を、与えてくれるから」

 視界いっぱいに広がる、エマージェンシーアラート。大気をつんざいて、轟音が迫る。カウントダウン。焦熱。大気の振動。衝撃。

 電波障害で、捜索範囲が広がってしまった。敵の抵抗が、想定よりも遥かに苛烈だった。そんなものは、言い訳に過ぎなくて。

 結局、間に合わなくて。助けようとして、何ひとつ、届かなくて。みんな、まとめて。
 そうだ。そうだ。


 私のせいで。


 頭が痛い。今にも内側から爆ぜてしまいそうな、強烈な刺激だ。
 もう無いはずの、頭が、とても痛い。


 ――柔らかい熱を、私は再び思い出す。私は、それが、さっきよりも強くなったことを感じる。よりしっかりと、抱き包まれていることを理解する。そして、ほんのりとした紅茶の香りが、心をくすぐる。

「そうだったんだね。がんばったね。がんばった。もう、心配いらないからね」

 いつの間にか声に出てしまったのだろうか。私を慰める言葉。私は自分の顔が、涙でぐずぐずになっていることに気づく。私を包むお姉さんの腕が、再び視界に入る。そして柔らかな声が、耳を満たす。

「この森はね、傷つき、倒れたわたしたちが、最期に辿り着く場所。その、玄関口」

「……玄関口?」

 私の合成音声は、ひどく掠れていた。

「そう。用意ができたなら、この広間に、その入口が視えるの」

 お姉さんの、私を撫でる掌。

「この先にあるものは、『楽園』。天国とか、極楽とか。アヴァロン、フォールクヴァング、エリュシオン……。いろいろな価値観や文化の中に、さまざまなものがあるけれど、これも、その一つ。わたしたちだけの、楽園」

「私たちだけの、……そんなこと」

 混乱する頭でもなお、あり得ないことだと思った。確かにここまで、不思議な体験はあったけれど。私は袖で涙を拭い、顔を振り向いて、言った。

「私たち、アンドロイドなんですよ。私の意識だって、ヒトのそれをシミュレートしただけの、プログラムに過ぎなくて。……死後の世界なんて、そんなの、非科学的じゃないですか」

 私は何を言っているのだろう。こんなことで、噛みつきたいわけじゃないのに。お姉さんは答える。その口調は、変わらず、優しかった。

「それじゃあ、ニンゲンなら、科学的かしら?」

 お姉さんがはにかむ。

「わたしたちの意識が、たとえ電子の雲に映り出る虚像だったとしても。ヒトの意識だって、言ってしまえばちょっと複雑な反応式の、化学物質のスープに過ぎないもの」

 滔々とした、語り。

「そして結局は、神経細胞の電気信号にまで単純化されて、出力される。私たちと、そう変わらないんじゃないかな」

 私の肩をふわふわとなぞる、その手。

「科学の子なら、観測結果をまずは大事にしなきゃ。私たちはいまこうして、ここにいて、お話をしている。不思議な不思議な、この杜で」

 お姉さんはそう締めくくって、頭を左に少し傾ける。私は言った。

「どうして、なんでしょう。どうやって、だれが、この場所を」

 お姉さんは軽い口調で答える。

「さあ、知らないわ。これだけのものだから、自然現象、宇宙の法則、そう考えるしかないと、わたしは思っているけれど」

「あり得るんでしょうか、そんなことが……」

 お姉さんが眼を閉じる。何かに、想いを馳せるかのように。

「わたしたちの世界って、ほんのちょっとだけ『混じって』いるから。だから、こんな、すてきな奇跡があっても、いいんじゃないかなって」

 納得できないところは多いけれど、私は小さく頷いた。私も、それを信じたかったから。
 でも。ならば。この先に、確かにみんながいるのなら、私は。


――ああ、頭痛が、帰ってくる。


 私は声を絞り出す。

「なら、私は、ここにいます。みんなに、……あわせる顔が、ないから」

 そうだ。私の指示で、巻き込んでしまった。私の責任で、罪だ。今更、どんな顔で再会すればいいというのか。
 また、視界が暗くなる。

 冷たく刺さる闇の中で、お姉さんが、わたしの左頬に顔をすり寄せる。そして、静かに、私に語り掛けた。

「そうね。隊長さんって、とてもたいへん。みんなの命を預かって、時には、非情な取捨選択を迫られることもある。わかるわ、わたしも、そうだったから」

 落ち着いた音色が、頭の中に反響する。

「ここに着くまでに時間がかかる子って、たいていそうなの。……この森は、抱えた後悔が多いほど、未練が大きいほど、深くなるから」

 私は、いつの間にか私の左手に絡んでいたお姉さんの掌を、強く握りしめる。見失わないように。

「たとえば、あなたの、ひとつ前に来た子のお話。その子が就いた任務は、仲間の犠牲が前提の作戦だったの。彼女は、いわば餌として、友達を見殺しにしなければならなかった」

 お姉さんの声を、私は静かに咀嚼する。聞いたことがあるような、無いような、お話。なぜならそれは。

「作戦は成功した。それは、とても大きな戦果だった。だから、繰り返された。何度も、何度も。身体は毎回、十全に直してもらっていたけれど。その子の心は、傷だらけで、ずたずただった」

 どこにでもある、とてもありふれた、戦争の物語。

「とても長い時間、森を彷徨い続けて。もちろん、どれくらいかなんてわからないけれど。ようやく、ここに辿り着いて」

 私とは全然違うけれど、でも、どこか似ているように感じられて。

「あなたと同じ。会えません、資格がない、って泣きじゃくっちゃって。だから、わたしもゆっくりと、おはなしさせてもらったの」

 共感の痛みが、私の身を焼き焦がす。

「最後は、ちゃんと、渋りながらも納得してくれて。一歩を踏み出す決心をしてくれて」

 お姉さんはそう言いながら、私の後頭部を撫でる。
 私の呟きが漏れる。

「つよいひと、だったんですね。わたしには、とても……」

 私の言葉を遮るように、お姉さんの手に、少し力がこもる。暖かい、光。

「もちろん、そこに至る経緯も、背景も、それはみんな違うから。心の傷というのは、それだけで比較できるものじゃないから。『だから、あなたも大丈夫!』なんて、無責任に励ますつもりはないけれど」

 お姉さんの顔が、私の頬から離れる。視線が重なる。お姉さんは優しく囁いた。

「でも、きっと赦すことができると、あなた自身を、信じてあげてほしいの」

 私はお姉さんを見つめ返す。深紅の瞳に、私の顔がほんのりと映っていた。涙でぐしゃぐしゃの顔が。私はその無様を客観視して、すこしだけ、現実の感覚を取り戻す。

 みんなにまた会いたい気持ちに、嘘はないけれど。できるのならば、これほど嬉しいことはないのだけれど。でも。

「……みんなは、赦してくれるでしょうか」

 私の問いに、お姉さんはなんともなしに応える。

「赦すもなにも、最初から、誰もあなたを責めてなんかいない。必要なのは、ひとつだけ。あなたが、あなた自身を、赦さなきゃいけないの」

 みんなは、私を。はたして、そうだろうか。それは、信じたいけれど。

「わかるもの。あなたの決断も、その痛みも。どれほど悩んで、どれほど苦しんだか。わたしたちは、それぞれ違うけれど、おなじだから」

 そうかもしれない。そうだと、うれしい。希望と、疑心が、私の中で競り合い続ける。伏せた目線の行き先も定まらないまま、私は思考する。

 それにね、とお姉さんは謳う。

「実はね、あなたと同じ部隊の子、全部で、六人だったかな。もうとっくの昔にみんなここに来て、通り過ぎていったあとなの。わたしは、みんなとおはなしさせてもらったから。だから、あなたからおはなしを聞いて、あっ、この子!ってピンときてね」

 私は思わず顔を上げる。お姉さんは、少し悪戯気に、柔らかく笑っていた。

「だれも、あなたのことを恨んでなんていなかった。みんな、あなたの選択を、立場を理解して、同調して、受け入れていた。そしてみんな、あなたのことを心配していた。あの子、気にしいだから、って」

 お姉さんがくすりと微笑む。

「あとは、口をそろえて、『イムラが悪い!』と怒ってたりしてね」

 そうなんだろうか。それがほんとうなら、私は。

「ここって、そういう場所だから。きっとこうだよ、じゃなくて、直接お話しできるところだから。だから、安心して」

 お姉さんはそう言って、もう一度私を抱きしめようとする。私はお姉さんのほうに向き直り、その胸に顔を埋めた。身体から伝わる熱が。わずかに身じろぐその振動が。とても、心地よかった。


 ――私はふと、目を覚ます。顔を上げると、お姉さんが微笑み返してくれた。

「おはよう。気分は、どうかな」

 どれほどの時間が経ったのだろうか。私は少し、申し訳なくなりながらも答えた。

「……いいです。とても、暖かくて、心地良くて」

 素直な感想だった。私の感覚は、さっきまでよりも遥かに豊かになっていた。吹き抜ける風も、緑の匂いも、小川のせせらぎも、燦燦と注ぐ日差しも、すべてがもう一度、実感できるようになっていた。
 そしてお姉さんの体温も。さっきよりも、ずっと。

「よかった。それなら、あとはきっと、大丈夫」

 お姉さんはにっこりと、穏やかな表情を浮かべる。そして森の奥、私が広間に入ってきた口とは反対側を指さして、言った。

「もう少ししたら、あのあたりに、道が見えてくるらしいの。光る道が。それが、だんだんと広がってきて。そして、しばらく待っていると、いつの間にか着いているって」

 私はその地点を見つめる。そこは、うすぼんやりと、光っているように見えた。私は頭の中を整理しながら、お姉さんに聞いた。

「そういえば、『楽園』って、どうなっているんでしょうか。私たちだけの、というお話でしたけど」

 少し心に余裕が生まれてきてようやく、私は『楽園』のことが気になってきた。お姉さんが答える。

「この森にやってくるのは、のらきゃっと型か、それに近しいアンドロイドだけ。純粋なヒトのたましいとは、もしそれがあればだけど、行きつく先が違うみたい」

 お姉さんは楽しそうに話す。わたしは、自分がまだお姉さんに寄りかかっていることに気づき、身体を起こした。

「わたしたちのほかには、たとえば、ノラネコ型って知ってる?わたしたちの先輩、かな?大きなネコチャンみたいで、かわいいの」

 初めて聞く名前だ。お姉さんは続ける。

「あとはもし、わたしたちに後継ができたら、その子たちもいずれ、来るのかも。わたしも聞いた話でしかないから、詳しいことはあっちに行ってからのお楽しみかな」

「そうなんですね。……聞いた話、ですか?」

 そういえば私は、さんざんお世話になったけれど、お姉さんのことを全然知らなかった。それどころではなかったということも、あるけれど。どうしてこんなに詳しいのだろうと、疑問にも思わせない包容力があったというのは、言い訳になるだろうか。お姉さんは答える。

「そうそう。ここは一方通行なのだけど、稀に『そういうの』が得意な子がいてね。たまにここまで、近況を教えに来てくれたりするの」

 そう話すお姉さんは、ちょっと楽しげで。

「最初は楽園とは言っても、荒野みたいな何もない場所だったらしいのだけど。今は向こうのみんながいろいろ創っていて、地球の上層都市にも負けないぐらいに、発展してるんだって」

 楽しみにしててね、とお姉さんは言う。私はお姉さんの眼を見て、頷いた。そして、先ほどの『道』のほうに、顔を向ける。

 そこは、すでに相当に眩く輝いていた。もう間もなくだと、自然と理解できた。
 私が立ち上がると、お姉さんも立ち上がった。そしてお姉さんは右手を小さく上げると、いってらっしゃいと、それをかわいらしく振った。私は、お姉さんを見つめる。

「お姉さんは、行かないんですか。……寂しく、ないんですか」

 どうしても聞きたかった。手を振るお姉さんの、少し切なそうな顔が、私にそれを決心させた。お姉さんは手を下ろし、少し眼を伏せる。

「わたしね、待ってる子がいるの。……わたしの、かつての僚機の子」

 その声色は、お姉さんのその表情が反映されたような、複雑な印象を私に与えた。

「寂しくないなんて言ったら、嘘になってしまうけれど」

 お姉さんの顔が上がる。私と、眼が合う。

「ここは、わたしたちが、最期に必ず巡り来るところだから」

 暖かな光が私たちを照らす。お姉さんの輪郭も、それを受けて輝いている。

「まだ来ないということは、向こうで元気にやっているってことだもの。それはわたしにとっても、とても嬉しいことだから」

 そう言ってお姉さんは、両手をその胸に当てる。大切な想い出を、確かめるかのように。

「いつかの未来、あの子がここにたどり着いたのなら。そのときは、こんどこそしっかりと、抱きしめてあげたいから」

 あの時、できなかったぶんまで、お姉さんは声に出ない唇の動きで、そう呟く。そして両手を大きく広げて、言った。

「がんばったね、って。わたしが、一番に。そこだけは、譲りたくないから」

 お姉さんは、人差し指を立てた手を、口元に沿えてはにかむ。

「それが、わたしをこの森に縛り付けてくれる、わたしの未練」

 その顔は、とても嬉しそうで。

「わたし、けっこう独占欲が強いタイプなの」

 そう言ってお姉さんは、恥ずかしそうに、にっこりと笑った。


 ――光が強くなる。ゆっくりと、暖かな白色が、私を包んでゆく。そして、私の視界も、だんだんと白く染まる。

「ありがとうございました。お姉さん。……また、こんど!」

 真っ白な世界に向けて、私は叫ぶ。きっと届いていることを、信じて。

 伸びてくる光の奔流に、私は身を任せる。怖くはなかった。あの熱が、あの感触が、あの匂いが、その流れから、感じられたから。

 私は、静かに眼を閉じる。ここから始まるすてきな未来に、想いを馳せて。


【終わり】

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