【短編小説】ピンク ①-宝石-

エスカレーターを登り切ると、ピンクや薄紫、パステルブルーにレモンイエロー、カラフルな色が視界一杯に広がった。ショッピングセンター2階の一番目立つところの棚一面に、新品のランドセルが陳列されている。羽根のような繊細な模様が目にとまり、蛍光灯の強い光に反射する宝石の光から目が離せない。

「どれがいい?」
「へー、たくさんあるんだな。好きなものを選びなさい。」

両親の言葉にうなずき、宝石に近づいていく。ハート型の金具の真ん中で輝く宝石は、ピンクがかっていて近くで見てもきれいだった。ランドセルの側面には月や星の模様がある。かわいい。これがいい。

「やっぱり黒がいいんじゃない?」
「黒は古くさいですよ、お義母さん。最近の男の子は茶色とか、青とか。」
「昔よりカラフルになったよな。俺の頃は黒一色だったよ。」
「多様性の時代、ってやつでしょ? 知ってるわよ。でも、そうやって奇抜な色を選んだら、周りから浮いていじめられちゃうの。結局、無難が一番なのよ。」
「無難すぎるのも浮いちゃうんですって。いろんなママ友に聞いたんです、私。案外、茶色が多かったですよ。」
「そうなの? 茶色ねぇ。大丈夫かしら。」

これがいい、と言おうとした言葉は、ママとばあばのはしゃいだ声に打ち消された。どうしたらいいか分からず呆然としていると、「好きなものはあったか?」パパだ。ぱっと横を向くといつものパパの顔がある。言葉が出てこずにいると、優しい顔が宝石の方を向いた。

「これがいいのか?」

小さく、うなずいてみる。パパは宝石のついたランドセルを手にとり、蓋を明けたり閉めたりしている。一通り眺めたあと、元の場所に戻してこう言った。

「ピンクだけど、いいのか?」

言葉の意味がよく分からず、じっと顔を見つめていると、パパは優しく微笑んだ。

「おい、これがいいんだと」
「え? どれ。えー、ピンク?」
「嘘。ピンクはダメよ。間違いでしょ?」

ママとばあばが一斉に怖い顔をする。きれいな宝石を指さし、汚いものを見るように否定を始めた。

「その隣の茶色が良かったんじゃないの? あー、でもそれも女の子用か。はじめてランドセル見に来たから、どれが男の子用か分からなかったんだよね。一番最初に目に入ったやつを適当に選んだんじゃない?」
「そうそう、間違えちゃったのよね。女の子用なんか、ダメに決まってるじゃない。ピンクなんてそんな、派手だから目に入りやすかったのかしら。本当は黒がいいんでしょ? 見てみればきっとそう思うわよぉ」

ばあばが真っ黒のランドセルを目の前に差し出してきた。ガチャガチャと音を立てて蓋を開けようとする。

「あら、これどうやって開けるのかしら。」
「捻るんですよ、こうやって。」

2人が真っ黒のランドセルをガチャガチャといじっている。女の子用ってなんだろう。男の子は、この宝石をほしいと思っちゃいけないってこと? その真っ黒は男の子用? 男の子は、真っ黒じゃないとダメってこと?

パパがこっちをじっと見ている。パパなら分かるかもしれない、パパなら。ふっと、視線がそれる。

「そんなに、ピンクはダメなのか?」
「あたりまえじゃなーい。なにバカなこと言ってんの。男の子は、茶色か青か、それか黒。ピンクなんていじめられるに決まってるよ」
「昔は黒一色だったでしょ? 多様性の時代なんだから、今はカラフルになった方よ。でもピンクは流石にねぇ。」

女の子みたいよ。ばあばが、笑いながらそう言う。パパは腕を組んでしばらく黙った後、頭をかいた。

「そういうもんかなぁ。」
「そうそう。こんな小さい時にその時の気分で決めちゃって、成長してから絶対後悔するんだから。ピンクなんて、男の子は普通、持つもんじゃないって。」
「そうよぉ。やっぱり黒が一番よぉ。」

「うーん、古いと思ったけど、黒でもいいのかもしれませんね。茶色もいいけど。」
「黒、黒! 無難だって、多様性のひとつなんじゃないの?」

そうなんですかね? そうそう、私、知ってるのよ。ママとばあばは楽しそうに黒いランドセルを選んでいる。目の前に、いくつかの真っ黒いランドセルが並んだ。

「ほら、これとかどう? 中の線の色が違うんだよ。これは光沢があって格好いいね。どれがいい?」
「沢山種類があっていいねぇ。パパの時代はこんなに選べなかったよ。いいねぇ。」

目の前に黒いランドセルが並んでいる。どれも同じに見える。宝石のことを思い出す。羽根のような繊細な模様、蛍光灯の強い光に反射する宝石の光。ハート型の金具の真ん中で輝く宝石は、ピンクがかっていて近くで見てもきれいだった。側面には、月や星の模様がある。

宝石のことを考えながら、一番近くにあった真っ黒いランドセルを指さした。わっと明るい声が上がる。「これ格好いいわよね、これがいいのねぇ。」「ママも、これがいいと思ってたんだ。」喜んでいるみたいだった。どれも同じに見えるけど、選んだものは正解だったみたいだ。

宝石のことを考えながら、喜ぶ2人の顔を交互に見る。なんだか、同じように嬉しい気持ちになってくる。これでよかった。宝石はやっぱりかわいいけれど、男の子は持っちゃダメってママが言ってた。

「ばあばもママも、お前のためを思って言ってるんだ。それでいいか?」

パパが、顔をのぞき込んでそう言ってくる。真面目な顔だった。瞬間、初めて目に入った宝石の輝きが強く心によみがえってきた。蛍光灯の光に夢みたいに反射するピンクの宝石。女の子だけが持つことができる、特別な輝き。ふたつとない特別なものに見えたそれは、絶対に、手に入らないものだった。

「ほら、新しいランドセル。よかったね。きっと気に入るよ。」

梱包された大きな箱を持って、ママが笑っている。ばあばもパパも笑っている。それが少しずつ、にじんでいくのが分かった。

つづき ②-カレシ-

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