働くって、人が動くと書く

 僕は、有名私立大学を卒業して、地元の全然有名じゃない中小企業の食品メーカーに就職した。もちろん、数少ない新入社員の中では、ダントツの学歴で、入社式では、代表あいさつも任された。本社での研修から、1ヶ月後の配属先赴任までは、余裕かまして、完全に舐めていた、会社も、同僚も、上司も、そう「仕事」というものを、もうわかったような気になって、舐めきっていた。

 赴任先は大阪営業所。強面のやり手所長からは「お前が期待の星か?」と冷やかされ、直属の上司の係長は「仕事は、教えてもらうもんやないで、自分で覚えるんやで」となんかちょっと偉そうに言われて、心の中で舌を出しながら「はい、頑張ります!」と作り笑いで答えていた。

 そして「まず電話当番やな、ちゃんとできるようになったら、担当持たせてやるから」と言われ、しばらくは、営業所で電話当番をすることになった。「しょうもないなぁ、早く担当持たせてくれよ! お前らなんかより売り上げ上げてみせるから」と思いながら、毎日毎日嫌々仕事をこなしていた。そんなある日...。

「えっ! ほんまですか! まだ届いてない? なんでやろ? すんまへん! すぐお届けします!」電話を切った係長が、血相を変えて所長へ報告に行った。

「何! なんでや! A社さんの宅配の注文品が届いてへんやて? 一昨日か? 電話で注文来るんやったなぁ? おい! 新人! お前注文受けたんちゃうんか?」

僕は、なんか嫌な予感がしながら、係長と所長の話を聞いていたが、所長に大声で聞かれて、そういえば、なんか係長が「A社の注文だけは絶対忘れんと処理してくれよ!毎週水曜に来るから」とか言ってたっなぁと思い出しながら、「やっちまったかな?」と自分のミスが原因であると確信した。でも、「新人やし、ミスぐらいすることもあるで」というような軽い感じで考えて、「謝ればすむ」と鷹を括っていた。

「お前! なにしてくれてんねん! 最悪やわ!」と怒鳴っている係長の激怒した顔を見ても、なんでそんなに怒ってるのかが、全くわかっていなかった。その後、所長と係長は、A社さんに謝罪するため、営業所を飛び出して行った。

 その日、所長と係長が謝罪から帰ってきて、案の定、僕は所長に呼ばれた。「おい、飯でも行こか」係長は、かなり落ち込んでいて、僕の顔を見ようともしてくれなかった。

「あのなぁ、A社の担当さんがなぁ、取引中止かもって言うとったわ。えらいことになってしもたわ」強面所長が、妙に優しい顔で話し始めた。

「お前がな、注文受けたまま忘れた商品な、係長が一生懸命売り込んで、やっとチラシに載せてもろたんやで。決まった時、あいつ飛び上がって喜んどったんや。おとなしいあいつが飛び上がって「やったー!」って叫んどったわ」

 僕は、話を聞いて、係長に悪いことしたと心の底から思った。そして「すみません! これから気をつけます!」と素直に謝った。所長に謝って、この場を乗り切れば、また明日からしっかりやれば良いと思っていた。

「あの商品な、注文したお客さんは届くと思ってたのに来ないんで、困ったやろな。お弁当に入れようと思ってたんかも知れんし、晩ご飯のおかずにするつもりやったかも分からん。どっちにしても、うちの商品が届くのを楽しみにしてたんや」

「すいません! もう二度と忘れないようにします!」と深々とあたまを下げて、すぐに謝った。その時は、まだ心の中で「早よ帰りたいなぁ、所長早よ許してや」と思ってて、本当の意味で、自分のやったことの意味が分かってなかった。

「もう二度と? 明日から頑張る? おい! ふざけるなよ! 今日待っていたお客さんは、どう思う? 新人さんが失敗したから届かなかったんですか、あぁ、それは仕方ないですね、次からちゃんとしてくださいねって言ってくれると思うんか? アホか! せっかく頼んだのに届かんようなメーカーの商品二度と頼むか! その人にとっては、うちの商品は、今日必要やったんや。明日届いても意味ないねん。A社さんのお客さんは、がっかりして、A社にはもう注文してくれへんかもしらん。お前のしたことで、A社さんの信用は、なくなってしもうたんや。だから、A社さんのうちに対する信用もゼロや。だから、もう一回取引してもらうのは並大抵の努力じゃできへん。お前は、そのことほんまにわかってんのか!」所長は、赤鬼のような顔で話し続けた。

「お前は、仕事を舐めとんや! 係長の話を真剣に聞いてなかったんやろ? 仕事任されたら、新人かベテランかなんて関係ない。お客さんにとっては、そんなこと関係ないんや! どんな小さな仕事でも、仕事っていうのは、誰かに繋がってるもんなんや。お前の任された仕事が、誰かを幸せにもするし、不幸にもするかもわからん。そういう緊張感を持って取り組もうや! それが責任感を持つと言うことやで。わかったか?」

 知らんうちに僕は泣いていた。ほんまは、係長が、顔も見てくれないで落ち込んでるの見た時から、自分が仕出かしたミスの大きさに押しつぶされそうになっていた。そして、所長の話で心の堰が、一気に崩されてしまった。

 仕事って、誰かと繋がってて、自分の仕事は、誰かを幸せにも出来るけど、下手したら、不幸にもしてしまう。それからの僕は、所長の言葉を肝に銘じて仕事してきた。でも、ほんまにその意味がわかるまでには10年ぐらいはかかったんかな。

「働く」って、動くの横に人が立ってるやん!人が動くことやん!

 働くって、人のために動くこと。

 そして、その人が喜んでくれたら、自分も嬉しい。

 つまり、働くって、動いたことが人の幸せに繋がるとっても素敵なことだよね。

 今、ほんとにそう思う。

 あの時の所長の言葉は、僕の宝物になった。



 

 

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