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【~飲み会で乾杯のグラスを避けられる~】オープン就労での差別に苦しむ当事者

 『オープン就労』という言葉をご存知だろうか。自身の障害をオープン、すなわち公表して就労することである。オープン就労の最大のメリットは、本人が適切な配慮を受け、業務に取り組むことができる点である。
 

 実際、多くの障害者がオープン就労により社会での活躍を実現させている。メディアや企業のHPや懇親会で見る彼らの姿も非常に生き生きとしている。
障害者雇用が進むにつれ、制度や環境も大きく変わった。具体的には法制度の整備とバリアフリーの普及である。社会は数十年前に比べ、障害者が生きやすいものへ変化したといえるだろう。

しかし、残念なことに社会や企業が変化するスピードに、人々の意識が完全についてきているとは言いがたい。いまだに障害者を対象とした暴言や暴行のニュースは後を絶たない。またオープン就労についても全ての人が生き生きと働けているわけではなく、不当な差別を受けて疲弊している例も見受けられる。
 

 LD当事者のKeiさんも、オープン就労でありながら将来に対し不安を感じている 一人である。Keiさんは、職場の人々による差別から、今の仕事を続けられるのか 不安であると話す。
「飲み会の席で乾杯のグラスを露骨に避けたり、嘘の指示を出 して私に尻拭いや、やらなくてもいい業務をさせるのです。」いわゆる職場いじめと呼ばれる行動であるが、そのような行動をするのは一人だけではないと言う。
「別の人には、自分の特性について説明しても『障害のせいにするな』の一点張り
で取り合ってもらえませんでした。」

 本来、オープン就労は障害が持つ特性を雇用主と労働者が理解し合うと言う前提で成立している。「障害のせいにするな」という発言は、その前提を崩す発言であ
り、オープン就労に対する理解があるとは言い難い。
勿論、他者が相手の特性の全てを理解することは難しい。たとえ同じ特性を持つ者同士であってもそれは変わらない。しかし大切なことは他者を理解しようとする姿勢を持つことなのではないだろうか。

 Keiさんは、仕事だけでなく将来にも不安を感じているという。 「同居している両親が健康を損ねた時の事や、同級生が次々と地位を得たり結婚し
て家庭を築くなか、自分はこのままでいいのかという焦りや閉塞感を感じます。」 さらにKeiさんは「この先決して社会的な成功を得たり家庭を築いて未来に子孫に繋ぐ事は難しいと思います。」と悲しそうに話す。

 仕事に関する不安が、将来の不安そのものに直結することは多い。だが、その不安が本来自身の特性が配慮されるべき場である「オープン就労」から生まれているのは歯がゆさを感じる。どうにかできないものか。

 「今後していきたいこと」を尋ねた取材者に対し、Keiさんは少し時間をおいて答えた。「色々と考えましたが、安心して働ける職場の確保や実家ではない住処での独り立ちでしょうか。正直不安で押し潰されそうですが、やるしかないのでしょうね。そして、自分が先に旅立つ事を見越して残された兄弟姉妹やその子供達に極力迷惑をかけない為の下準備といった所です。」


 オープン就労者に対し、マイナスなイメージや嫉妬をする人は障害の有無に関わらず一定数存在する。だがオープン就労者が生き生きと活動することは、特別なことではなく、本来あるべき姿なのではないだろうか。自身の特性を公表することがデメリットになる社会では、多様性や可能性も広がらない。

社会制度だけでなく個々人の意識も変わることが、求められる。