紙一枚

紙一枚

仁科友里

直木賞作家・黒川博行センセイの「後妻業」(文藝春秋)をご存じでしょうか。ドラマ化もされていますから、ご存じの方も多いと思いますが、ここでワンポイント解説をすると、妻に先立たれた80代の資産家男性が、結婚相談所を経由して60代の女性と知り合い、再婚をします。この女性が極悪人で、これまでも高齢男性と結婚して殺しては遺産を相続するという後妻業を行っていたのでした。


文庫版の解説によると、後妻業は黒川センセイが知人から聞いた話をベースに取材を重ね、書かれたそうで。ここにタイミングがよく、筧千佐子事件(高齢男性を青酸化合物で殺害し、遺産を相続する)というリアル後妻業が起きたことで”預言の書”だとして、リアリティが一気にアップ。世の男性を恐怖のどん底に陥れたのでした。


有名人男性を襲う、後妻業の恐怖

黒川センセイの小説を読めばわかりますが、後妻業とは資産家男性の後妻におさまることではなく、「相手を殺害して、遺産を独り占めにすること」つまり、犯罪行為を指しています。しかし、どうも最近では「年齢の離れた男性と結婚して、遺産をもらった人」のことを指すと解釈している人もいるのではないでしょうか。


歌手・やしきたかじんさんや作曲家・平尾昌晃さんなど、だいぶ年の離れた妻を持つ資産家の男性がなくなり、遺産を相続することになると、必ず「遺産目当ての後妻業ではないか」という声が上がります。5年前に亡くなった昭和の名優・高倉健さんもそのうちの一人です(健さんの場合、結婚ではなく、33歳年下の女性を養女にしました。

貴月氏は現代版「きのね」なのか?

健さん亡き後、高倉プロモーション代表取締役となった高倉貴月氏が、「僕のこと、書き残してね。僕のこと、一番知っているの貴族だから」という健さんの言葉を引き継いで書かれたのが、「高倉健 その愛」(文藝春秋)。


健さんの素顔を明かすとともに、貴月氏にかけられた”疑惑”を説明する絶好の機会でもあったでしょうが、本書を読んで、一層謎が深まってしまったのです。貴月氏が遺産目当ての後妻だったかどうかという問題ではなく、もっと根源的なもの、「妻って何だろう」という疑問なのでした。


同書によると、女優を経てフリーライターとなった貴月氏は、取材先の香港のレストランで健さんに出会います。食事というプライベートな時間を邪魔してはいけないと席をはずした貴月氏の気遣いに気づいた健さんから、名刺をもらい文通が開始。テレビ番組のプロデューサーとして、貴月氏がイランに出かけた際、イスラム圏に女性が行くことを心配した健さんとケンカ。「もう二度とイランに行ってほしくない」と健さんに言われ、帰国後、二人は暮らし始めるのです。


食事や身の回りのことをすべて、貴氏が担当します。健さんは仕事に車で出かけていたそうですが、帰宅した健さんが運転する車のドアを開けるのも、衣服にコロンをつけるのも貴月氏の仕事。仕事以外で目立つのが嫌いな健さんの意を汲んで、外に食事にも行ったことがないそうです。


歌舞伎の家に女中として入った光乃が、その家の歌舞伎俳優・雪雄に恋心を抱き、陰の身に徹しながら命を懸けて愛し続け、夫を大成させた上に子どもを生んで最後には妻になるという、宮尾登美子センセイの「きのね」(新潮文庫)を思い出させるお話ですが、「週刊文春」の「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、貴氏は「好き嫌いの話ではないんです」「お役に立てないかって素直に思ったんです」「伴走者(そして伴奏者)になれまいか」とキャッキャした恋愛感情を否定しています。


妻らしいふるまいとは何か?

確かに健さんと貴氏の間の会話は男女というより、俳優と付き人、役員と秘書、おとこやもめと家政婦という感じがしっくりくるような、修行もしくは上下関係を感じさせる会話が多いのです。


健さんは骨のある魚が嫌いだったそうですが、貴月氏が秋刀魚の季節に「骨を取りますから、食べてみませんか?」と誘ってみると、「食べてみてもいい」との許可をもらったそうです。


専用の骨抜きで小骨を抜き、カボスと大根下ろしを添えて健さんに出したところ、皿の上のさんまは順調に減り、作戦は成功だと思われました。しかし、「はいっ、ごちそうさま・・・。カボスと大根おろしは美味しかったよぉ」と言って、健さんが皿を指さしたそうです。そこには、小骨が数本ささったさんまがほんの一口残されており、貴月氏は「大変、失礼いたしました」と頭を下げたとか。


貴月氏は元女優ですから、健さんの偉大さが一般人よりも骨身にしみていたはず。だからこそ、このような言葉遣い、態度なのかもしれませんが、ちょっと他人行儀がすぎるという気がしないでもない。それでは、フツウの妻なら何と返すのだろうかと思い、いろいろ考えたのですが、そこで「そもそも、妻ってなんだ」と考えたところ、妻とはふるまいではなく、「紙一枚」の手続きの問題ではないかと及ぶに至ったのです。


健さんは貴月氏に”縁のあった人”の話をしたそうです。「その縁のあった人は、とても好いていた人でした。でも、時が経つに連れて・・・。それでも縁は切れないと思っていたんです。ある日、その縁のあった人の弁護士から紙が届けられて、それでお終いでした。以来、僕は紙を信じなくなりました」


健さんが歌手・江利チエミさんと結婚し、離婚したことは周知の事実。この離婚を機に、紙(法律婚)には興味がなくなったということだと私は推測します。

たかが「紙一枚」と断言するなかれ

が、紙一枚は女性にとっては、すごく大きな問題だと思うのです。33歳の仕事盛りのフリーランスのライターが仕事をストップさせて、健さんの傍にいる。うまく行っているときはいいですが、二人の間がこじれたら、女性側は身一つで放り出される可能性がありますから、相当勇気がいる決断です。結婚や出産だって興味があったかもしれません。


健さんが非婚主義であるというのならまだ救いがありますが、もし貴月氏に結婚や出産願望があった場合、江利チエミさんとは結婚できて、どうして自分とはダメなのかと悲しい気持ちになるのではないでしょうか。健さんは家に知人を招くことはなく、例外は水道屋さん、植木屋さん、電気屋さん。この時は、貴月氏ではなく、健さん本人が応対していたそうです。プライベートを徹底して守る健さんの主義が垣間見えると解釈する人もいるでしょうが、女性として考えるのならば、そこまで人の目から隠されたら、辛くないのでしょうか。


宮尾登美子センセイの「きのね」では嫉妬に苦しみ、その一方で何をされても嫌いになれない女心が綿密に描かれています。しかし、貴月氏からはそのような狂おしさや単純さは感じられない。海外でバリバリ仕事をしていた女性ですから、もともと気丈なのかもしれませんが、いつでも別れられる関係かつ常に存在を隠されてきたことから考えると、全体重を預けて、甘えたり怒ったりできない。それが「紙一枚」がない女性なのだと思うのです。


健さんと貴月氏がどんな関係だったかを他人が知ることはできないでしょう。貴月氏を後妻業だと決めつける人から見れば、貴月氏が妻ではなく、養女となったことは「養女のほうが遺産の取り分が大きいからだ」と感じられるかもしれません。しかし、闘病中の老人の後妻に入るのならともかく、遺産目当てで17年間日陰の身に徹することは、ちょっと効率が悪すぎるのではないでしょうか。


確かなことは、健さんが貴月氏を選び、17年間そばにいることを望み、いざという時のために養子縁組をして、最後まで一緒にいたということ。つまり、すべては健さんの望んだとおりであったという事実が、健さんを愛するすべての人にとって、大きな安らぎである気がするのです。









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ご丁寧にありがとうございます。仁科感激!
仁科友里
1974年生まれ。フリーライター。「間違いだらけの婚活にサヨナラ!」(主婦と生活社)など。寄稿・掲載歴:週刊文春、週刊ポスト、週刊SPA!、週刊女性、女性セブン、Numero Tokyo、Seventeen、GINGER、steady.