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日本出版販売 社長・奥村景二 インタビュー  持続的な出版流通構造を目指して

日販通信編集部はこのほど、日本出版販売(日販)社長の奥村景二にインタビューを行い、社長就任時に「新しい地図」と「新しい時計」と題して日販社員向けに行った所信表明を元に、出版流通をどう改革していくのか、その考えなどを聞いた。所信表明では、出版流通の枠組みの中でいびつになっている構造を、どの立場にも偏らずにオープンに共有した上で、将来的に持続可能な出版流通の「新しい地図」を描いていきたいと説明。さらに、加速度的に変化していく環境を正しい時刻で捉えるためにも「新しい時計」を手にすることも肝要と説いている。

ここでは「PART1」として、日販でのこれまでの経歴について紹介するとともに、「PART2」では日販をどのような会社に改革していくのか、さらには崩壊した出版流通全体をどのように建て直そうと考えているのかを語ってもらった。

奥村社長 表紙用

奥村景二(おくむら・けいじ)
1964年2月12日生まれ、大阪府出身。1987年関西大学経済学部卒業。同年3月日本出版販売入社、2007年4月部長・大阪支店長、2011年6月取締役関西・岡山支社長、2015年4月取締役・MPD代表取締役社長、2018年4月常務取締役営業本部副本部長、2020年日本出版販売代表取締役社長。

【PART1】営業畑で27年 物流も経験

――1987年に日販に入社して、まずはどこに配属されましたか。その頃のエピソードも教えてください。

王子流通センター注文部流通倉庫第二課集品係に配属されて、3年勤務しました。2年間はトラックの助手席に乗って、出版社の注文品を集荷する仕事をしていました。午前中は中小規模の出版社様を12~13社回り、荷下ろしのために帰社。午後は文藝春秋様、岩波書店様、光文社様などの大手出版社様1社の倉庫に伺って、注文品を集荷して戻ってくるという毎日でした。

当時は出版界の業量がピークを迎えている時期でしたので、昼食は10分、残業はほぼ毎日という時代です。受品口では入荷した商品がバース(トラックが接車し、荷物の積み下ろしに使用するスペース)の外にまであふれてしまうほどでした。今でも忘れられないのが、入社1年目にベストセラーとなった『ノルウェイの森』(講談社)です。講談社様から1回でかなりの数の本が入荷してくるのですが、その作業を終えるのがもう……。

3年目は内勤で注文品仕分け処理の作業を行っていました。特販注文課とは作業場が隣り同士。膨大な商品があふれているセンター内ですから、彼らとは毎日、商品の置き場所をめぐって、どなり合いのケンカをしていましたね(笑)。

P034_王子3号館ハイテクセンター

1989年開設の王子流通センター3号館ハイテクセンター

――営業畑のイメージですが、物流も経験されていたのですね。

1993年12月に京都支店に異動した時が初めての営業職です。京都府下の南部地区、宇治市や城陽市などの富士書房様といった書店様を担当させていただきました。その半年後には滋賀県を受け持ち、本のがんこ堂様など多くの書店様にお世話になりました。京都支店には2001年3月までの7年間在籍しています。

――その頃に阪神・淡路大震災(1995年1月17日発生)を経験したのですね。

その日は忘れもしない、週明け火曜日の集金日でした。当時は枚方市の実家に住んでいたのですが、こちらも相当揺れたのを覚えています。その後、さまざまな手段を使って午前10時に京都支店に出社したのですが、社には3分の1ほどしか人はいませんでした。私は、担当の滋賀県の書店様の地震被害は大きくなかったので、通常業務を果たそうと、車に乗って書店様を回ることに。しかし、車内のラジオをつけてから少しずつ被害の大きさ、起きていることの重大さを把握したのを覚えています。

京都支店ではその週末から交替で復旧支援のために被災地に入りました。大阪・神戸間の電車も高速道路も不通。そのため、当時の神戸支店長は一般道を使ってバイクで行き来していたのを覚えています。私たちは電車を何度も乗り継いで何とか三宮にまで出て、コーベブックス様(閉店)など書店様の復旧作業をお手伝いしました。

それから20年経った2015年、私が取締役関西支社長を務めていた時に、阪神・淡路大震災の被災書店様や日販OBなどを集めて20周年事業を行いました。

P038_阪神淡路大震災

阪神・淡路大震災時の復旧支援のようす

――東日本大震災の時(2011年3月11日)は、関西にいらしたのですか。

地震発生日は、未来屋書店様の大阪・伊丹の店舗のオープン日で、大阪支店長として、新店舗にお邪魔していました。東北の被災地に応援に行ったのは震災から10日後くらいからです。当時、名古屋支店長だった横山さんと連絡を取って、本社総務と相談し、応援体制を組みました。それから何週間か連続で、関西や名古屋の仲間が交替で東北の応援に行っています。

3月下旬には福島県郡山市の中央図書(現MIDORI)様の応援に伺いました。大きな被害を受けた地域は、まだ車両が通行できる状態ではなかったからです。中央図書様の店舗ではスプリンクラーで水浸しになった本の処理などのお手伝いをしていました。それから1か月後のゴールデンウィークの頃には被災地の復旧も進んできましたので、宮城県東松島市の図書館に児童書の寄贈に伺っています。段ボール100箱を積んだ車3台で大阪から高速道路を迂回して十数時間かけてたどり着きました。これまで関西で続けてきた児童書の寄贈活動の一環で、今回は東北の方々に届けることにしたのです。

――その後、2015年4月には日販取締役のままグループ会社のMPDの社長に就任されました。社長時代に増益を果たしていますが、何が奏功したのでしょうか。

社長に就任したのはMPDの創立10周年の年で新たな中期経営計画が始まった年でもあります。2011年にピークとなった経常利益が年々、逓減している経営状況にありました。物流量が減少してしまったことが主な要因です。収益構造を建て直すために、特殊な物流に基づく流通コストの見直しを徹底。加えて、文具事業にも本格的に乗り出しました。そのプラス影響が大きく、増益を果たすことができたのです。

しかし、その翌年にはまた経常利益は下がってしまいました。今の事業領域では自力で収益を上げることが難しくなってきており、MPDも日販と同じく、岐路に立っています。新しい事業にシフトしていくのか、自分たちの物流インフラというアセットをどう活用していくのかなど、MPDも今後の事業戦略を新たに策定していかないといけない時期に来ていると思います。

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【 PART2】日販と出版流通をどう再生していくのか

濃厚に凝縮された“日販”を目指す

――日販という会社をどのような組織にしたいと考えていますか。

言葉だけが独り歩きしてしまうのは困りますが、“小さな日販”を目指していきたい。これは単に余剰人員を減らすリストラという話ではありません。日販がいま生み出している成果や業績の規模は担保しつつ、いま取り組んでいる膨大な業務やタスクの量を適正な規模にリサイズさせていくということです。日販という会社が以前よりも濃厚に凝縮された組織へと変化するイメージです。

――目指すは取次事業の黒字転換ですか。

取次事業は赤字体質にありますが、黒字転換することだけが企業としてのゴールではありません。日販単体としても今、取次業の新たな成長戦略を描いています。何を取り次ぐか、誰と誰を取り次ぐか、そういったことを改めて一度、洗い出した中で、取次の新しい形を描き直します。現状の業務は小さくなるかもしれませんが、その周辺で生まれてくる仕事が加わった“新たな取次”という形を提示していきたい。MPDの社長の時、会社のミッションを「つなぐ」に、策定し直しました。TSUTAYA様と日販をつなぎ、TSUTAYA様とお客様をつないでいくというように、事業領域を拡げるために、その「つながる」範囲を拡大させていく、それがMPDの存在意義であろうと。

日販にもそれと同じことが言えます。商売は何かと何かをつなぐことから始まります。今ある仕事は先人たちがつないでくれたものを、維持してきたに過ぎません。そこから新しいものが生まれたわけではない。しかし、里山十帖などを手掛ける自遊人と仕事がつながることで、閉鎖予定だった保養所をブックホテル「箱根本箱」という形で、本好きの旅行者をもつなぎとめることができました。今の日販において、こうした新しい流れ・つながりをつくっていくことが大事だと考えています。

――その実現に向けて、社員の意識改革をどのように進めているのでしょうか。

千数百人の社員がいますが、「きちんと物事を考えられる」「発想したことを言語化できる」「リーダーになれる」、そういうレベルの高い人の総数を増やしていく必要があります。人が集団行動をとった場合に見られる「2・6・2の法則」(優秀な人2割、普通の人6割、あまり働かない人2割)というのがありますが、日販はイメージとして、この「6」の層がかなりの割合を占めています。そこの偏差値をすべて1点ずつ上げることができれば、会社にとってかなり大きなパワーになると考えております。

今、各部署の課長たちとディスカッションを始めています。そうしたつなぐ仕事を誰が考えているのか、誰がアイデアを持っているのかをヒアリングしているところです。次は係長とも話をしていく予定ですが、前述したようなことを考えられる人に、どんどん仕事を預けていきたい。もちろん、これまでのように若くて優秀な人材も登用し続けていくことに変わりはありません。

――話は変わりますが、尊敬する経営者はどなたですか。

多くの経営者の書籍を見てきましたが、もっともピタッと考え方がはまったのが新将命氏です。ジョンソン・エンド・ジョンソンや日本フィリップスなどグローバル企業6社で社長職3社、副社長職1社を経験し、住友商事のアドバイザリー・ボード・メンバーも務めた「経営のプロ」です。『経営の教科書』(ダイヤモンド社)は何度も読み返しています。

業界全体でコスト認識の共有を

――日販が出版社様や書店様など出版業界のすべてのステークホルダーとともに、出版流通の「新しい地図」を描く必要性を説いています。

現状を見てください。書店様の経営状況はかなり逼迫しており、取次事業も赤字に陥って、出版社様も厳しい。今の状況が続いていけば、数年先に間違いなく流通は途絶えてしまいます。本が、出せない・運べない、お店も開けない――という状態に陥ってしまうのです。それでは、「街に本がある状態」が失われ、学力向上に欠かせない読書の機会が奪われてしまいます。それが学力低下につながり、ひいては日本の国力衰退をも招いてしまいます。そうならないよう、日本全国に書店様や図書館様が存在し、本を読む環境が整っている状態を維持していかなければなりません。

そのためにはまず、業界3者で本の製作から流通、販売に関わるコストをすべて開示・共有して、少しずつでもすべてのプレイヤーが儲かる形を作りましょうと申し上げたいのです。これが先般から申し上げている出版流通改革です。これまで取り組んできた「出版流通改革」において決定的に不足していたのが、業界3者による認識の共有です。業界構造を全プレイヤーに見える化することで、いびつな構造を是正して新たなルールに基づく「新しい地図」を作れる状態にもっていきたいのです。

P137_日販懇話会

「出版流通2.0」と題し、施策説明を行った昨年度の日販懇話会

――業界3者が赤字に陥る根本的な原因は何でしょう。

今は最低賃金も上がっていますし、社会保障の費用も上がっています。社会全体において、原価・コストが上がってきているのですが、本の値段はほとんど変わっていません。他業界では原価が上がれば価格などに反映されます。例えば、小麦の輸入価格が上がれば、小麦粉の値段は上がります。商品の原材料が不作ならば、値段を上げるか、内容量を減らすなどメーカーは収益に見合った対応をとります。

しかし、本の価格は少しずつ上がってきているとはいえ、安いまま、令和の時代にまできてしまった。そのしわ寄せが売り手側に来ているのです。書店様は経営を維持するのに精一杯という中で、日販は書店様の維持・存続を図るために、販売・返品目標に対する成果をインセンティブという形で利益貢献させていただく仕組みを構築しました。しかし、ここまでコストが上がってきてしまうと、今の出版流通システムの中では補いきれません。

――確かに、欧米の先進国に比べて、日本の「本」は安いと言われています。

先ほどの『経営の教科書』は本体1,600円です。私にとっては、この本は一生ものですので、はっきり申し上げて「お安い」。消費者にとって「安い」のは好ましいことですが、本に限って言えば別次元の話です。一冊の本の製作・流通などのすべてのコストを合算すると、定価を上回ってしまうからです。当然、コストの見える化によって、その最適化を図ることが優先されます。

しかし、それに加えて、消費者にも本に対する価格認識を変えていただきたいと思っています。コストの適正化には限界がありますし、今の価格帯で総コストを吸収することが難しいからです。例えば、単行本は3,000円、ペーパーバックは1,000円くらいの価値があると、日本国中にそういう空気を醸成していくことはできないでしょうか。いま、業界の各種団体や任意の組織が数々の読書推進活動を展開しています。それを一本化すれば、強力なメッセージを発信することができるはずです。その力を借りることができれば、単行本は3,000円という“常識”も、あながち夢ではありません。

――新しい地図を描くにあたり、ステークホルダーには、どのように説明していくのでしょうか。

すでに、出版社様二十数社に日販としての出版流通改革に対する考え方を説明しています。また、9~11月頃の開催を予定していますが、改めて出版社様に日販の考えを表明し、さらに書店様とも改革の推進に対して意見交換させていただきます。まずは、業界全体で改革へのムードを高めていくことが大事だと考えています。それは日販個別の改革に加えて、トーハンとの協業や日本出版取次協会の輸配送の取り組みなど、すべてを含んだ話となります。

そのためにも、先ほど申し上げた本の一生にまつわるコストをステークホルダー全員で共有することが必要なのです。出版社様にも書店様にも、一冊の本が生まれてからどのような人の手を介して読者にわたり、または返品されて出版社様の倉庫に戻るのか。その間に付加されていくコスト(人手)一つひとつを誰もがわかるように費用分解した上で、それに基づく新たな利益配分に変えていきませんかと提案していきたい。

適正な利益配分のもとで全体のコストを下げていくのと同時に、本の価格が上がっていけば、収益構造はかなり変わり、業界3者にとって持続的な流通構造に変革できると思います。まずは、すべてのステークホルダーの方々に出版流通全体の“ファクト”を理解・把握していただいたうえで、志を同じくするプレイヤーとともに、出版流通の「新しい地図」を描いていきたいと考えています。

(8月5日取材 本誌編集部・諸山)

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