音楽を君に_

音楽を君に。(3)

音楽のことを考えていると、なぜか中学生の頃ばかり思い出す。
義務教育を受ける子供であると同時に、大人になっていく思春期ど真ん中の時期。

実家にヤマハのEOSというシンセサイザーがあったのもその頃のことだ。
母がライブで使っていたものだったと思う。それを借りて、僕は当時シンセサイザーの使い方を習っていた。

その頃教わったことはすっかり忘れてしまったけれど、鮮明に覚えていることがある。

ある日、僕は鍵盤を触りながら「きれいだな」と思うフレーズを録音した。
オルゴールの音色をつかった、繊細なメロディだった。

EOSから突然その音が鳴ったとき、僕は動転した。
シンセサイザーのレッスンを受けている最中だったからだ。

ボタンの操作ミスだったのか、なんだったのかは分からない。でも、僕はベッドの下のエロ本が見つかるよりもずっと、その音を聴かれることを「恥ずかしい」と感じた。顔が火のように赤くなって、急いで停止ボタンを押した。

その人は嘲笑した。シンセサイザーを教えてくれていた先生だ。
もともとTMNのバックサポートをしていたほどの実力者で、母のライブのサポートミュージシャンもしていた。

彼は傲慢な人物だった。いつも王様のように振る舞い、周りの人を振り回す。母に対しても付き従うそぶりを見せながら、裏で陰口を言ったり、上から物を言ったりするようなところがあった。女関係もだらしなく、家族を泣かせているような人だった。

けれど、実力は申し分なかったから、母は何度も喧嘩しながら彼との付き合いを続けていた。

いまなら分かる。彼は傷ついたアーティストだったのだ。
傷ついたアーティストは、その傷を隠すためにあらゆることをする。それでも、なにかの拍子にそれが出てしまう。それが、必要以上に他者に対して厳しく当たってしまう形で出ることもある。

「彼はさびしい人なのよ」といつだったか母はぽつりとつぶやいていた。

でも、中学生の僕にはわからなかった。
まだ幼い作曲の新芽を、彼はバカにして笑った。

とにかく恥ずかしかった。
再び曲をつくろうと思ったのは結婚した後だから、それから20年もの間、自分が曲をつくれるとは思っていなかったことになる。

そのくらい、アーティストに対する心無い一言は、深い傷をつける。

母もまた、傷ついたアーティストの一人だった。
いまでこそライブを精力的に行っているが、ずいぶん長い間「歌いたくない」と言っていた。歌手なのに。

その理由が、昔、ディレクターから言われた声やビブラートに関する指摘だったと知るのは、ずいぶん後のことだ。もちろんそれはセールスが見込めるレコードをつくるためのものだったとは思うが、母は傷ついた。

「歌でお金をもらってはいけない」と時々呪文のように言うのも、そのせいかもしれない。

不思議なもので、傷ついたアーティストは、自分を否定するような人を呼び寄せることがある。シンセサイザーの先生もその一人だったのだろう。母にとって「やっぱりお前はダメだ」と否定してくれる存在として。

誰かに否定させることで、人は音楽をやらない理由をつくることができる。
けれど、母も僕も諦めることはできなかった。細々とではあるが、歌ったり、ギターを弾いたり、作曲したりして音楽の命を繋いできた。

実のところ、僕は自分の曲や歌について「うん、いいな」と思っている。そうでなければ、人に聴かせたりなんかしない。

だからこそ、反応が薄かったりすると、その落差にものすごく落ち込む。

それでいて、誉められたりすると「そこじゃないんだよ」と思ったりする。そういうふうじゃなくて、もっと、と思ってしまう。
表に出すのがいやになる。

やりたいけれど、やりたくない。
聴いてほしいけれど、出したくない。
褒められれば否定したくなるし、否定されれば落ち込む。

人の反応を気にしないでやりたいのに、その反応に必要以上に一喜一憂してしまう。

アーティストって、本当にめんどくさい。

僕のまわりには「歌手になりたい」といって活動をする人が大勢いる。児童館の中高生の中にも「歌手になりたい」という子がけっこういる。

そういう人たちを前に、複雑な気持ちになることがある。「がんばれ」と思うときもある。応援したくなる人もいる。「できるわけねーだろ」と思うときもある。やめとけと言いたくなる人もいる。

「いい人」だけではいられない。
というか、だいぶ「やなやつ」だと自分でも思う。

ナイーブすぎてもいけない。鈍感すぎてもいけない。

音楽をすることがこんなにも億劫になるのは、そういう一番めんどくさくて、やなやつになる自分と付き合わなきゃいけないからなんだな、と思う。

シンセサイザーEOSは、いま、わが家の、ちょうどこれを書いているパソコンの左隣にある。オーディオインターフェースと接続され、時々、鍵盤を叩いて曲をつくったりしている。

あのシンセサイザーの先生は、ある時点で僕たちの人生から姿を消し、その後どうなったかは知らない。

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