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ソフトバンクグループ内スタートアップの代表になった、元フリーランス+二児の母の話 #マムズラボ

自己紹介

はじめまして。マムズラボ株式会社の佐藤にのと申します。小学生2人の兄妹と木工職人の夫をもつ働く母です。

クリックされろ(念)の作為を込めたタイトルを踏んでしまわれた方、申し訳ありません。なのですが実のところ、ソフトバンクグループ内スタートアップ企業の代表をしております。
(マムズラボについては、こちらのコーポレートサイトをご覧ください

少々変わり種の経歴のようで、時折、インタビューなどで自分についてお話させていただける機会を頂きます(お読みいただいた皆さま、メディアの皆さま、ありがとうございます)。

が、タトゥーが入ってても力尽きてメイクどろどろで床で寝ている実情があっても、外向きな言葉である限りアレな中身は出していけません。お目汚しですからね。ですので嘘偽りない中身をドパドパ出せる場がほしいな…と思いまして、思い切ってnoteデビューいたしました。

勉強が得意だったわけでもなく(理数系は激しく全然ダメ)
飽きっぽく忘れっぽく(治らない)
数字の管理能力が欠如しており(ポンコツです)
創造や0→1は得意だけど運用が苦手で(非常にポンコツです)
「華やか」「多人数」などの場に委縮する(人見知り)
引きこもりが大好きなもやしぼっち体質。

高卒バツイチでもあります。
全て自らが選択した結果なので全く後悔していませんが、オールホワイトなハイキャリアとは真逆の半生です。いまだ未熟者ですので、どなたかに何かを強く語れるような人生観・仕事観も持ち合わせていません。

そんなわたしがなぜ、恐れ多くもたいそうな肩書を抱くに至ったのかを綴らせてください。面白いことは何も書いていない自分語りですが、宜しければご覧いただければ幸いです。

独身時代/仕事で得たもの

独身の頃は音楽業界の片隅で、イベント・Webと紙のメディア・レーベルなどの企画制作に携わっていました。

まずヒヨッコのフリーランスとして数年、先輩や先達の方々に学ばせていただきました。株式会社タキオン・インターナショナルご出身で、レゲエ・マガジン初代編集長だった故 加藤学さんに、制作とマーケティングの基礎や、ものごとの公平性観点をご指導いただいたのもこの頃でした。

のちに、洋楽専門事業を展開する組織に所属。特定のスキルを競う世界大会で日本人として初優勝した人物が率いる業界ベンチャーでした。

周囲には”好きな音楽を続け、仕事にしてきた”人ばかりだったので、良くも悪くも、公私の区分はほとんどありませんでした。

けれど時流はもちろん、上司や仲間に恵まれ、面白く、そして時間と気力の使いようが激しい働き方ができました。業務に関してはスキルありきではなく、経験がスキル化していったように思います。この時期がなければ今の自分はありません。

1990年代後半~2000年代の制作業務小話は、綴るに従い「おぅおぅあの頃はよぅ!!いい時代だったんだぜぃ!!」なんてモードになりかねないので、そのうち冷静にまとめられたらと思います。懐メロとして。

初めての妊娠/ぶち当たったもの

仕事と添い遂げると思っていたところ、30歳で妊娠が発覚。大切な人の子を授かったことは喜びでした。日々大きくなっていくお腹が不思議で、でも嬉しさももちろんありました。

が、好きなこと(仕事)に100%注力できない状況に初めて陥り、右往左往していたのも事実でした。うわぁ24時間365日働けない、どうやって生きていけばいいんだ…という。

今こういうこと↑言うと完全暗黒なんですが、だって仕事が大好きで楽しかったんだもの…。

ライフステージ関連の知識と情報不足でストレスMAXに

全力でぶつかるやり方しか知らなかったので、まず、心身を労わり無理せず働く時間と工数のチューニングに苦労しました。

今振り返ればそれも個人の能力のうちなのですが、なんせ時間軸就労が身近ではなかったうえ社会経験不十分な若者だったので、配分がいまいちわからない。
周囲には、子育てしながら働いているロールモデルも見つけられない。

マタニティ雑誌を購入するも、求める解や空気感が異なりすぎて、違う世界の言語で綴られているかのような違和感しかない(キラキラすぎて読むの辛かった)。

公私の環境整備や自身の成熟度、妊娠出産や共働き関連知識が不十分だったからこその焦りでした。当事者意識がまるでなく、子ども出来ると大変だよーくらいしか理解できてなかった。あの頃の自分に説教したい。

そして、仕事したいのに望むように働けない、と感じたことが子どもへの罪悪感にもつながり、妊娠期間中は思っていた以上に神経がすり減りました。鈍感なわたしでさえストレスMAXだったので、繊細なタイプの方ならもっとしんどいと思います。

産前は在宅リモートワーク中心に切り替えたものの、結局、早産となりました(大事には至りませんでしたが)。産後も、とても公言できないスピード感にて、リモート・時短で職場復帰しました。

第一子産後/フリーランス2ndシーズン

初めての子育ておよび家事仕事との両立は、他の親御さん同様に大変でした。

産後うつも育児奮闘もワンオペもママ友トラブルもすべてが初体験。振り返れば貴重な出来事ばかりでしたが、渦中はきつかった。毎日、心身が瀕死でした。

職場では時短や在宅勤務ののち、フルタイムにシフトしました。のちに、保活含め子ども事情を優先しやすい働き方を模索した結果、退職。再びフリーランスを選択しました。

第一子はデリケート&超甘えん坊タイプだったので、3歳で断乳するまでは2時間以上の継続的睡眠をとれたことはなかったし、並行しての家事と仕事は非常に堪えたのですが、子どもはどの場面でもとても可愛いかった。

仕事はしたい、でも子の心身状態により、子のそばにいられる選択肢を多く持ちたい。ママママ―って呼び声に応えやすい環境を備えておきたい。そう思ったからこその再フリーランスでした。

2ndシーズンでやってきたこと

Webメディアや女性誌の編集ライターや、小規模案件の営業プランナーとして稼働していました。やがて同じ属性のママクリエイター仲間と一緒に、チームとして制作案件を受託するようになりました。

たくさんのクライアントにも、大変お世話になりました。

制作だけではなく大小イベント企画運営や、ママの働くを支援するプロジェクトなども展開。たくさんの仲間たちと進めさせていただきました。

クリエイティブ・マーケティング領域のフリーランス

過去の知見とスキルを活かせるクリエイティブ・マーケティング系フリーランスという働き方は、わたしにとって救世主のような存在でした。

とは言え当該領域には、案件の大小を問わず、明確なスケジュールや納品責任が存在するうえ、傾向的に労働時間が長く、裁量能力も問われます。

けれど”場所や時間を問わないインターネット環境やテクノロジーを起点に働ける裁量労働制”を自由選択できることが、ありがたかったのです。

だってネットと自分の意欲があれば、人生に何が起きても、仕事のそばにいられるのです。インターネット創設開発に関わってきた全ての先駆者の皆さまには、本当に感謝しかありません。

「ママである前に一人の社会人」として自立していた仲間たち

※この領域のお話は性質一様ではなく、業種や職種による価値観により印象が異なるかと思っております。画一的にお話しすることが難しく、あくまでわたしの個人的な意見によるものですが、不快を感じられた方は申し訳ありません。

ママディレクターやクリエイターからなるチームメンバーは、産前から個人事業者であったり、企業に属しつつコラボレーティブに稼働したりする方が多く、裁量労働の仕組みや個人責任について理解済みの方が中心でした。

仕事は、子どもがいても個人として仕事をする以上、仕上がりの質と納品責任を果たすことが大前提です。いち社会人にとっては当たり前のことですが、当時は子どもを持つ方に向けて今よりももっと、本人以外の事情を柔らかく赦すことを求める空気があった気がします。

赦す赦さないの良しあしは、時流や個々の価値観に基づくので、ここで深く追うことは控えさせて頂きたく、ご容赦ください。

(個人的な感覚としては、罪悪感を感じる事象を余分に赦されることで、社会人としてのモラルが喪失するのではないか、という恐怖がありました。
ただでさえ不出来な自分なのに、自身の弱さや子の存在を言い訳にして、いずれ責任を回避していくようになるのでは、いつか親として子に顔向けできなくなるのでは、というような。。)。

けれど赦されることに心から感謝しつつ、それだけに納得しない自分ルールを持つ社会人が集まっていたのがそのチームでした。

家庭の事情で思うように時間がとれなくても「負けないぞーやってみせるぞー!」みたいな性質の人が、自然と集まったのかもしれません。

ママ仲間とママ系仕事をしてきて個人的に感じたこと

全員が子育て・家事事情を理解していたのも安心要因でしたし、困ったことが起きればお互い様精神で助け合える風土も、心強いものでした。

子育てをしながら、あるいは家庭の事情に配慮しながらも、自分の知見やスキルを活かして仕事ができる、とメンバーに喜んでもらえることは、わたしの原動力でもありました。

そして、まだまだ修行中の身での発言でおこがましいのですが… 子どもがいようが家庭があろうが、性別年齢が何だろうが、どのような事情や社会的属性を持とうとも、やる人はやるし、やらない人はやらないのだ、と痛感したのもこの頃です。

そこに子や家庭の有無、居住地これまでのキャリアなどは関係ないのだな、と。当たり前のことを当たり前に実感しました。

※それぞれの事情には程度があるので一概に述べることは危険ですし、乱暴でもありますが…。

けれど、「したいけどできない」「したいのにない」時の就労環境を支えられる居場所を築きたい思いは、この頃に固く定まったように思います。

ちなみに:当時の社会背景

アベノミクス「三本の矢」政策の本丸となる「成長戦略」に含まれる女性活躍推進の影響を受け、ママ人材や個人事業が注目されていました。

時流を汲みつつ、消費者でもある個人事業ママが制作とマーケにダイレクトに介入する形での実働・実証を重ねる動きをとれていたのは大きかったと思います。

第二子産後/マムズラボのはじまり→事業化

2015年、ソフトバンクグループで唯一の人材紹介会社であるSBヒューマンキャピタルで、当時、新規事業部長を務めていた武田直人と出会いました(武田は現在、相方様兼ブレインであり我々の屋台骨です)。

会話を重ねる中で、表現の仕方は違えども、時間と場所にとらわれない就労形態を構築し広めるという目的が合致したことで、まずはテストマーケとしての商取引を開始。前身の制作チームを起点に、1年ほどかけて各所との関係性を構築しました。

このあたり、武田が、社内新規事業部側やスタートアップからの目線でまとめておりますので、宜しければご覧ください。

社内新規事業として立ち上げたマムズラボを分社化するまでの経緯【その1】
社内新規事業として立ち上げたマムズラボを分社化するまでの経緯【その2】

「マムズラボ」の名称も、この頃のメンバーの総意で決定しました。ママたちが仕事や生き方をラボラトリー的に研究実践し、やり方を明らかにしていくこと、からきています。

そして2016年、SBヒューマンキャピタルの社内事業として正式にローンチ。ここで、営業統括/筆頭切り込み隊長である浅見和彦も参入します。

第二子在園中/マムズラボが株式会社に

2017年に、ソフトバンクグループ内ベンチャーとしてSBヒューマンキャピタルより分社化する形で法人へ。武田との共同代表体制としつつ、わたしは代表に就きました。

その他、下記の佐藤インタビューなどでも述べさせていただいていますので、ご興味を持っていただける方はぜひご覧ください。いずれも素敵なライターさんによる執筆で実物とは過分に異なる素敵な人物像に仕上がっており、恐縮至極でございますが…。

大手企業も注目するママ目線のクリエイティブ「ママである前に、一流のクリエイターチームでありたい」
ーテクノロジー領域で活躍中の起業家・経営層と、若手経営人材をつなぐビジネスコミュニティ”FASTGROW"
子育てと仕事。両立に悩むママ達に送るメッセージ。――マムズラボ株式会社代表取締役社長 佐藤にの
ー~フリーランスの保険、税金、年金~”フリマネ”
「すみません、子供がいるので…」 ”罪悪感”を抱えながら働くママをなくしたい
ーITと経営の融合でビジネスの課題を解決する”ビジネス+IT”
「無理しないでね」が合言葉。約300名のママクリエイターが活躍する環境づくり——マムズラボ株式会社
ー生き方と働き方を結ぶメディア”ウィズパラ”
すべての子どもたちに夢とときめきを。ママさんプランナーの背中を見つめて。
ー会社設立・起業を支援するメディア”企業サプリジャーナル”

起業前後で変えた「我が家像」

わたしが代表に就いたタイミングで、大手運送会社を退職し技術学校で木工を学んでいた夫が、木工職人兼主夫としてスタートを切りました。

現在は工房と自宅を往復しながら家庭を取り仕切り、できるだけ子どもといる時間を作ってくれています。

産前産後から10年間は夫が大黒柱を務めていたので、これからの10年間はわたしの番。夫とは、お互いの仕事の状況に合わせ、夫婦の役目をいかようにでもアレンジしていこうよ、と会話しています。

とは言え結局、子どもには気持ちの負担をかけていますし、寂しい思いもさせていると思います。自分の働く背中を見せたいという思いも、我が家に関しては特に親のエゴなのでしょう。

けれどわたしは仕事がしたいし、ない時間をほじくりだしてでも、夫と切り盛りして楽しい家庭をつくりたい。これも偽らざる気持ちです。

我が子への罪悪感は無くなりません。子どもに100%の時間と自分を使えないことと、自分のしたいことのギャップにはずっとモヤモヤするし、これからも大いに凹み悩むんだろうと思います。いつか昇華されるのでしょうか。

で、なんで社長になったの?

”社長になること"は、自分の夢リスト(恥ずかしい…)には含まれていませんでした。法人組織を持ちたいわけでもありませんでした。事情を抱えながらも主体性を保ち、自分自身と家族が生きていく必要に応じ、自由に仕事を選択することが、法人化以前のわたしの目標でした。

それでもなったのはなぜか。

多様な働き方ニーズがあるなかで、就労の下支えとなる仕組み・機関・目印はいくつあってもいいからです。そして自分が当事者である以上、”ママ””フリーランス”の属性をまずはフォローし、働き方をより周知していく必要性があると考えたからです。

その時に、旗振り役が働くお母さんであるほうが、働きたい意欲を持つ方にとって見つけやすい目印になるとも思えました。

共同代表である武田の存在も、決断の種としては非常に大きかったです。この時点で心底信頼できる仲間になれていたからこそ、役目を求められた以上、躊躇はありませんでした。

けれどそもそも、働きたい方の気持ちや行動にわたしの力など及ばず。ご本人の意欲があればこそです。マムズラボがその時に少しでも役立てることがあれば本望ですが、そのためにできることは、何でもしようと思っています。旗振りでも泥水すするでも。

現在:会社の状況

2019年5月現在、東京および大阪オフィスに拠点を構え、社内メンバーは14名。フリーランスの方の登録は500名を突破し、月に約20名ほど増加し続けています。

マムズラボには、じわじわと、人と仕事が集まるようになりました。
もちろんお叱りを受けることや、配慮不足でご迷惑をおかけすることもまだまだあります。

けれどよい評価をいただけるとしたら、それは当事者であるフリーランスの方々や、社内メンバー一人ひとりの努力&実行力の成果です。日々の歩みを止めたがらない人が集まってくれている、と感じています。

今後:フリーランス×ママ以外も広げたい

自身の経験や法人化後の社会の流れから鑑みると、制作系フリーランスは、子どもを持つ方の働き方としては最適解ではないと思っています。

ただし、時間と場所にとらわれない就労形態としては、「フリーランス」は自信をもって推薦できるものです。それは性別年代や家庭の有無などの社会属性を超えて広く活用されるべきものであり、個人の未来を確実に形作る就労形態の一つだ、と判断しています。

これまでの実働ノウハウをもとに、制作系だけではなく、フォローできる職種や働きたいかたの属性を広げ、一人でも多くの意欲的なひとが働ける環境をつくること。それがマムズラボのミッションです。

そのために土台となる礎がマムズラボであり、社内にいる自分たちの役割なのだと思っています。

子どもたちを含め、意欲的な人に向けて未来の”働く”をつくり、未来を可視化するための方法を形作る事業を、今後も選択していきたいと思っています。

シメ

今、過去、産後の自分を助けてくださった家族や仲間、先輩方をはじめ、関わってくださったすべての皆さんのおかげで自分がいます。
これから自分がしていくことが、少しでも皆さんへの恩返しになればいいな、とこっそり思っています。

それでは、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

(いざ自分トークを滔々と行うとめちゃくちゃ恥ずかしいことが分かりました…………………………。また穴に潜ります………………)

マムズラボについて

全国のフリーランスママによる在宅型のマーケティング・クリエイティブチームです。実務経験豊富な約500名のママクリエイターが、ママならではの生活者目線を生かしたソリューションを提供しています。

マムズラボ株式会社
公式サイト:https://moms-lab.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/momslab0415/
Twitter:https://twitter.com/MomsLab
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マーケ・クリエイターに携わる方向けスキルアップ講座「マムズラボカレッジ
情報:https://note.mu/momslabcollege
申込:https://momslabcollege.peatix.com/

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(独身時)フリーランス10年越→(2人目出産後)企画制作プランニング&多様就労支援のマムズラボ株式会社 代表取締役社長。首都圏最大級ファミリーイベントかぞくみらいフェス主催。(一社)JAPAN FAMILY PROJECT代表理事など。1男1女と兼業主夫の夫。
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