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【妄想脚本】古畑任三郎 vs UMA研究家(2/4)

ホテル・古畑たちの部屋(夜)

古畑、ソファに腰掛けて何やら考え事をしている。スペイン語で書かれた雑誌を広げてはいるものの、中身は見ていない。
その横で、今泉と西園寺が立って窓から外の様子を見ている。
今泉「えらい騒ぎになってますね。パトカーまで集まってきちゃってるよ」
西園寺「何か事件でもあったんでしょうか」
今泉「刑事の血が騒ぐぜちくしょう。ちょっと行ってみるか」
西園寺「今泉さん、せっかくの休暇中なんですから。現地の事件は現地の警察に任せればいいじゃないですか」
今泉「そんなんだから君はいつまでもみんなから『チビ太』って言われるんだよ。刑事に休みなんてない。事件が起こったら真っ先に駆けつけるのが刑事の役目じゃないか」
西園寺「チビ太って言ってるの今泉さんだけじゃないですか。それに日本の警察だって言ったところで、どうせつまみ出されますよ」
今泉「呆れたなぁ君は。ちょっと古畑さん何か言ってやってくださいよ」
古畑「じっとしてなさい(と、雑誌を置いて立ち上がる)」
西園寺「そういえば先ほどから向島さんの姿が見えませんが、どちらへ行かれたんでしょう」
今泉「せっかく古畑さんと一緒の旅行に連れてきてやったのに、スタンドプレイとは失礼な野郎だ。偉くなったもんだな、向島も」
今泉、ふと思い出して、
今泉「そうだ古畑さん、どうすんですかパスポート」
古畑、ちょっとムッとする。
今泉「信じられませんよ、パスポート落とすなんて。海外じゃ命の次に大事な物なのに」
古畑「だから落としたんじゃないんだよ、盗まれたんだよ」
今泉「まだこんなこと言ってるよこの人は。どうせぼーっとしてたんでしょ。それかまた綺麗なご婦人に見惚れて、その隙に落っことしちゃったんだと思いますね。早く見つけないと、置いて帰っちゃいますよ、ね、置いて帰っちゃいますよ」
今泉、茶化しながら古畑に詰め寄る。
古畑「うるさいんだよ!」
と、古畑、今泉のデコを叩く。今泉、痛そうに額を押さえる。
古畑、その足で立ち上がって玄関の方に向かう。
西園寺「どちらへ」
古畑「ん?ちょっと散歩に」
古畑、玄関を出ていく。
後ろ姿を見送った今泉と西園寺、顔を見合わせる。
今泉「……?」
西園寺「……!」

ホテル・平澤の部屋(夜)

平澤、ソファに腰掛けてウィスキーを飲みながら、手にしたフライヤーに目を通している。白い半袖シャツから覗く肌は浅黒く焼けている。
フライヤーにはスペイン語で「空き巣に注意」と書かれている。ホテルのスタッフが作った手書きのもののよう。
そこにインターホンが鳴る。
平澤、玄関に向かう
平澤「(スペイン語で)はい」
古畑「古畑でございます。先程裏の丘でお話をさせていただいた」
平澤、不審に思いつつも、ドアを開ける。
古畑「失礼します。少しだけお時間よろしいですか」
平澤「どうして僕の部屋だとお分かりに?」
古畑「こちらに入って行かれるところをお見かけしたものですから」
平澤「……」
古畑「ちょっと折いってご相談が……済んだらすぐに退散いたします」
平澤「……どうぞ」
古畑「よろしいですか。失礼します」

古畑を奥に案内する平澤。
古畑「いやぁ立派なお部屋ですねぇ。我々の部屋よりグレードが高い気がする」
平澤「(笑って)こちらに滞在する時はいつも使わせてもらってます。テレビ局に金を出してもらってね。ちょっと散らかってますけど。まあどうぞ(と、古畑にソファへ着席を促す)」
古畑「失礼します」
ソファに腰掛ける古畑。
古畑「実はですね、私、……パスポートを失くしてしまいまして」
平澤「それはいけませんね」
と、平澤もソファに腰掛ける。
古畑「どうしたもんかと思いまして」
平澤「さすがに私の力ではどうにも……そうだ、日本大使館へ行けばいいでしょう。あそこなら力になってくれるはずです」
古畑「日本大使館。近くにあるんですか」
平澤「ええ近いですよ割と。バスで三十分くらいかな。地図を差し上げますよ。それから電話番号も」
古畑「助かります」
平澤、立ち上がりデスクの方に向かう。
平澤「しかしパスポートを無くされるとは災難でしたね。どちらで落とされたんですか」
古畑「実は落としたんじゃないんですよ」
平澤「ひょっとして、盗まれた?」
古畑「まあそんな感じです」
平澤「この国も物騒な連中が多いですからね。ここ数年で、この辺りもかなり治安が悪くなってしまいました。まあ元々貧困層が多い地域ではありますから。以前は比較的静かなリゾート地だったんですが」
古畑「それがですね、人に盗まれたんじゃないんです。猿に盗まれまして」
平澤「猿?」
と、そこにインターホンが鳴る。
平澤「今夜は来客が多いな」
古畑「ひょっとして警察じゃないですか」
平澤、緊張した面持ちで玄関に向かう。
平澤「(スペイン語で)はい」
西園寺「(ぎこちないスペイン語で)私、西園寺と申します。失礼ですがそちらに古畑さんはいますでしょうか」
古畑、聞き慣れた声にしかめっ面を浮かべる。

今泉と西園寺が古畑の隣に腰掛けている。西園寺の手には『南米旅行ビギナーのためのスペイン語ハンドブック』。
西園寺「そういうこととは知らずに大変失礼しました。この度はとんだことで」
古畑「申し訳ございません。失礼な奴らだな君らは、急に押しかけて」
平澤「いやいいんですよ。今夜は一人でいた方が、何かと不安な思いに襲われるでしょうから」
今泉「古畑さんがコソコソしてるからですよ」
古畑、ちょっとムッとする。
西園寺「しかし平澤先生にお会いできるとは思っていませんでした。子供の頃、水曜スペシャルの『探検隊シリーズ』、よく拝見してました。お会いできて光栄です」
平澤「(うれしそうに)これまたずいぶん懐かしい話だな」
西園寺「実はバックパッカーをしていた頃、ネス湖でネッシーを見たこともあります」
平澤「それはすごい」
古畑「見間違いじゃないの」
西園寺「実はマネキンの足の部分が浮いていただけでした」
古畑「それじゃあ『八つ墓村』じゃないか」
一同、どっと笑う。
今泉「僕も飛行機の中でグレムリンを見たことがありますよ」
平澤「ほう」
西園寺「今泉さん、あれはグレムリンじゃなかったって証明されたじゃないですか。犯人の顔が窓に映ってたってだけで」
今泉「そうだっけ?」
西園寺「僕が解決した事件なんですから覚えといてくださいよ」
話を聞いていた平澤、不思議そうに、
平澤「『事件』というのは?」
古畑「そうそう失礼しました、実は我々、刑事なんです、殺人課の」
平澤の表情が曇る。
古畑「おや、見えませんか」
平澤「いえ、さっきまで現地の刑事さんと話をしていたところで、まさか日本の刑事さんにもお会いするなんて思わなかったもので」
今泉「かなり優秀な刑事ですよ。日本じゃトップクラスなんじゃないかな、ねえ古畑さん」
古畑「やめなさい(と言いつつうれしそう)」
今泉「僕と古畑さんは長年コンビを組んで難事件を解決してきたんですよ。事件解決のヒントを古畑さんに与えた回数は、こいつ(西園寺のこと)より僕の方遥かに多いですね、はっきり言って。ね、古畑さん」
古畑「(鬱陶しそうに)忘れたよ」」
今泉「あ、またそんなこと言って。ちなみちゃんの事件でしょ、それから落語家の事件に、あ、あとマジシャンの事件の時もそうだったな(と指折り数えながら古畑に寄りかかる)」
古畑「ほんとにうるさいやつだな君は」
古畑、今泉のデコを叩く。
平澤、苦笑いを浮かべる。
古畑「煩わしいだけの男なんですよ」
古畑、一息ついて切り出す。
古畑「あの、何度も同じことを聞いて恐縮なのですが、その『ウーマ』ってやつのこと、もう少し詳しくお聞かせいただけませんか」
平澤「『ユーマ』です。“Unidentified Mysterious Animal”。和製英語ってやつですが、直訳すると「謎の未確認動物」って意味です。ユーはUFOのUです」
古畑「UFO」
西園寺「あれも『未確認』飛行物体、という意味ですから」
古畑「なるほど」
平澤「昔はUFOの方が圧倒的に有名で、UMAの方はあんまり浸透していませんでした、言葉自体はね。でも、例えば彼が目撃したネッシー、あれなんかは20世紀の前半から何度も目撃されていましたし、古くは6世紀には目撃情報が報告されています。それくらい歴史があるんですよ、UMAには」
古畑「例えばほかにはどんなのがいるんですか」
平澤「世界的に良く知られているものだと、やはりイエティ、ビッグフット、あとは最近有名になったところだとスカイフィッシュとかね」
古畑「スカイフィッシュ?」
平澤「スカイフィッシュ、これがまた面白いんですよ。スカイフィッシュってのは、1995年にニューメキシコ州で初めて目撃された、比較的新しいUMAでね。……ちょっと待ってくださいよ」
興奮気味の平澤、デスクからドッジファイルを持ってくる。
平澤「こいつですよ、ね、こいつがスカイフィッシュ。こいつはね、こうして写真には写ってるけど、実は人間の肉眼では捉えられないんです」
古畑、今泉、西園寺、めいめいに感嘆している。
平澤「録画したビデオをコマ送りにして初めてその姿を認識できたそうなんです。つまり我々人間は、知らない間にこいつに何か悪さをされている可能性があるわけです。例えば財布をすられたり、パスポートを盗まれたりね(と古畑の方を見てニヤリと笑う)」
一同、どっと笑う。
今泉「古畑さんは落っことしただけだと思いますけどね」
と、今泉、古畑を茶化す。
古畑、今泉のデコを叩こうとして寸止めする。楽しそう。
平澤「これもなかなか浪漫があると思いませんか」
古畑「確かにそうですね」
平澤「そうそう、実は日本にもUMAの目撃情報は多数ありましてね。ほらさっきお話したでしょう、ツチノコとか河童とか。あれもUMAの一種です」
古畑「なるほど」
平澤「あとは我々の世代だとヒバゴン、聞いたことあるでしょう」
古畑「ああヒバゴン!懐かしいですね。確か広島の方でしたか」
平澤「そう比婆山麓で目撃されたから『ヒバゴン』。あの頃はかなり話題になりましたが、ある時を境にぱったり目撃情報が途絶えましてね」
古畑「そういえばめっきり聞かなくなりました」
平澤「あの頃は日本でもいろんなUMAの目撃情報があったんですがねぇ」
古畑「ちなみに先生、ヒバゴンの『ゴン』ってのはどういう意味なんですか」
平澤「『ゴン』?……ええとなんだっけな……古畑さん、さすが目の付け所が違いますね」
古畑、ふふふと笑う。
平澤「思い出したらお伝えしますよ」
西園寺「ひょっとすると先生は、この国でチュパカブラの調査をされているのではないですか」
平澤「ご名答」
西園寺「やっぱり」
平澤「しかも今夜磯田が死んだのも、チュパカブラが関係しているかもしれないもんでね」
今泉と西園寺、驚きの表情。
西園寺「磯田さんは、チュパカブラに襲われたんでしょうか」
平澤「詳しいことは調べてみないとわかりませんが、警察の話だと、そういうわけではないようです。ただ、傍に血を抜かれたヤギの死体が転がっていましてね」
今泉「げっ」
平澤「磯田には血を吸われた痕があったわけではないし、転んで石で頭を打って死んだんじゃないかっていう話です。ひょっとすると、チュパカブラに遭遇して、驚いて転んだのかもしれない」
今泉「ま、まじ?」
平澤「何があったかわかりませんが、あいつもさぞかし無念だったでしょう。その無念は、僕が成果を出すことで晴らしていくつもりです」
古畑「磯田さんってのはどういう方だったんですか」
平澤「彼は元々は僕とは全く畑違いの男でしてね」
西園寺「確か漫才をやってらっしゃいましたよね」
平澤「お詳しい。そう彼は元々お笑い芸人だった。ある時、UMAを扱う番組で一緒になったことがありましてね。彼は本当に良く勉強してたんですよ、UMAを。なんでも幼い頃にツチノコを捕まえたことがあるって」
今泉「へぇ」
平澤「でも周りは信用してくれなくて、いざ現物を見せようと思ったら籠から逃げ出していたそうでね。それ以来、周りは彼を嘘つき呼ばわりで、かなり辛い思いをしたと言っていました。だから嘘つき呼ばわりをした奴らを見返したいと、本業の傍ら、密かにツチノコの研究を重ねてきていたんです」
古畑「すごい執念です」
平澤「私は彼とはその時意気投合しましてね。彼もお笑い一本では先行きに不安を感じていたもんですから、『UMA芸人』ってことで売り出せばどうかという話になりました。そして私とセットでテレビ出演などすると面白いんじゃないかって、テレビ局ものってきましてね。それからは、日本でUMAといえば私以上に彼の方が認知されるようになったくらいです。本当に勉強熱心な男でした。このようなことになって、残念でならない」
場が少ししんみりする。
空気を変えようと、古畑が切り出す。
古畑「そうだ先生、チュパカブラってどんな姿をしてるんですか。先ほどからお話は聞いてはいるものの、イメージが全然湧かなくて」
平澤「おお、ちょっと待ってくださいね」
平澤、デスクからドッジファイルを持ってきて、ペラペラと資料をめくる。
平澤「これなんかが一番有名なスケッチですね」
今泉・西園寺「おお……」
平澤「チュパカブラは賢くてね、家畜の首からまず襲うことが多い。人間と一緒で、動脈が通っていますからね。真っ先に首を仕留めて、その血を吸うんです」
今泉「へぇ(興奮した様子)」
平澤「そう、こんな感じでね」
平澤、チュパカブラに襲われたとみられるヤギの写真をいくつか並べる。どの写真にも畜舎とみられる藁の上に横たわる、首に血を吸われた痕跡のあるヤギが映っている。
平澤「今夜磯田の傍で発見されたヤギは、臀部、つまりお尻の部分ですね、そこに牙の跡が残っていた。詳しいことは明日以降調べることになりますがね、とても珍しいケースですね」
興味津々な今泉と西園寺の横で、訝しげにスケッチを見つめる古畑。
平澤「どうかされましたか」
古畑「これが……チュパカブラですか」
平澤「そうです」
古畑、額に手を当てて何か考えている。
平澤「何か」
古畑、答えない。
平澤「古畑さん」
古畑「これ本当にチュパカブラってやつですか」
平澤「ええ」
古畑「私のパスポートを盗んだ猿にそっくりだ」
平澤「えっ」
古畑「ちなみに大きさはどのくらいですか」
平澤「体長は1メーターにも満たないくらいという目撃情報は多いですね」
古畑「私のパスポートを盗んだ猿もちょうどそのくらいの大きさでした」
平澤「なんと」
古畑「猿にしては変わった姿をしていると思っていたところでした」
平澤「もしそれがチュパカブラだとしたら、大発見ですよ、古畑さん」
古畑「明日もう一度探してみましょうかね」
平澤「お手伝いしますよ」
興奮気味の平澤。ふと何かを思い出してデスクから紙を持ってきて古畑に手渡す。
平澤「忘れるところでした。これが日本大使館へのバスのルートと、電話番号です。日本語で話しても通じますから」
古畑「助かります」
古畑、紙を畳んでズボンのポケットに仕舞う。
古畑「そうそう電話といえば先生、今日磯田さんから電話かかってきませんでしたか」
平澤の顔が曇る。
平澤「電話ならよくかかってきますが」
古畑「夕方頃です。磯田さんが亡くなる少し前の時間帯に」
平澤「どうだったかな」
古畑「磯田さん、もしチュパカブラを探していて、発見されたんだとしたら、先生に一報くらいはされたんじゃないかと思いまして」
平澤「そんな電話はなかったな」
古畑「あるいはかかってきたけど出られなかったとか。着信履歴なんか残ってませんか」
平澤「ちょっと待ってくださいよ」
平澤、携帯電話を確認する。
平澤「……確かに、かかってきてる」
古畑「何時頃ですか」
平澤「5時27分です。そういえば何か話したかもしれないけど……覚えてないな」
古畑「そうですか。ちなみに先生その時は何をされてましたか」
平澤「僕はこの部屋にいました。午後はずっとここで書き物を……パソコンで」
古畑「外にはお出になっていない」
平澤「フロントに何か買いに行ったりくらいはしたかもしれないですが、夕方はずっとここにいましたね」
古畑「そうですか」
平澤「何かに異変に気づいてやっていれば、もしかしたら助けてやれたかもしれなかったものを」
古畑「いやいや、ご自分を責めないでください、ね」
今泉「ようし!」
と、平澤に見せてもらったファイルを見ていた今泉が立ち上がる。
今泉「チュパカブラ捕まえてやるぞ。西園寺君、行くぞ!」
西園寺「え、今からですか?」
今泉「奴は今夜きっとこのホテルの近くにいる。今夜行かないといつ行くっていうんだよ!来い!」
走って出ていく今泉。
西園寺「ちょっと今泉さん!?」
と追いかける西園寺
古畑、呆れながら見送る。

3/4へつづく

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