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『窮鼠はチーズの夢を見る』は、同性愛映画というより恋愛映画だった。ついでに私の将来の夢に「今ヶ瀬渉」が追加された。(注※ネタバレ有)

思いが溢れすぎてうっかり筆をとるくらいに、心打たれていますよ、ええ。

noteを更新していない間にもフォロワーさんが少しずつ増えていることに感無量な私です、皆様、ありがとうございます。
私が日々書こうと思っている内容と少しズレはするものの、あまりに思いが溢れすぎていてどこかで発散しないといけないと感じたので、ここで吐き出させてください。
興味がないフォロワーさんたちも多いでしょうが、お許しくださいな。
一応、この映画を見て自分の恋愛観みたいなものを考え直して、マッチングアプリの使い方を見直そうかとも思ったりもしましたので(笑)

先日、『窮鼠はチーズの夢を見る』を観てきたんです。
一言で言ってしまうと、とっても素敵な恋愛映画。
とても貧相なまとめ方だなあ、と感じた人も多いでしょうが、本当に「良い恋愛映画を見た」というのが正直な感想。


この映画を知らない人に簡単に説明すると、関ジャニの大倉忠義さん演じるノンケ男性「大伴」と、成田凌さん演じるゲイ「今ヶ瀬」のめんどくさくてじれったい同性同士の恋愛映画です。
ちなみに監督は『世界の中心で愛を叫ぶ』や『ナラタージュ』の行定勲さん。
つまり、恋愛映画を撮らせたら素敵なものになるに決まっているじゃないか、と最初から期待しかしていませんでした。


恋愛って本当に人の嫌なところが見えるよね、でもそれが人間らしいから憎めなくて面白いのかな。

この映画、とにもかくにも成田凌さんがすごい。
学生時代から8年間、大倉さん演じる大伴に恋をし続けるゲイ役なのだけれど、出てきた瞬間から眼差しとか指先とか、とにかく身体全部から恋している感を放ちまくっていて、でもそれが叶わないから見ているだけで切なくなる。
全力で「あなたが好きです」をいろんな表現で伝えていて、ストレートに言葉や行動でぶつけたり遠回りしてみたり、うまくいかなくて哀しんでじたばたともがいて、時には諦めようとして、でも諦められなくてもがいて縋って。

あくまで、男性として男性が好きなゲイ役であることを考えると矛盾しているし失礼な話なのかもしれないが、女性のような繊細さを感じてしまった。
好きな人にもらったものをずっと使い続けるだとか、元カノへの牽制だとか、当てつけのように自分のことを好きな男を、今好きな人に会わせるだとか。

最初は女のめんどくささ、ずるさだとかをゲイというセクシュアルの中でうまく表現しているなあ、って思って観ていたけれど、よく考えればきっとあれは女の嫌な部分ではないんだな。
私は女だからあくまで女としてしか見れないんだけど、恋愛においては男も女も関係なく、ああいった感情や行動が抑えきれないことがきっとあるんだろう。
そう考えると、この映画って同性愛を取り上げているんだけどそこにフォーカスした描写が少ない気がする。
もちろん、ノンケの大伴が同性愛に拒絶反応を示したり悩んで葛藤したり、という場面は多々あるんだけど。
それ以上に「人を好きになること」という恋愛の根本が映画のそこかしこに散りばめられていて、いわゆるBLが苦手な男性にも見てほしいなと感じる恋愛映画だった。
多分、その辺の普通の異性恋愛よりも面白いし切ないし感情移入する気がしている。
※とはいえ男性同士での過激なシーンが多々あるので、そういったものが苦手であればおすすめはしません……。

流され侍、ムカつくの。でもわかる、こういう男ってモテるんだって。

今ヶ瀬に全力で感情移入すればするほど、腹が立つのは大倉さん演じる大伴。劇中でも「流され侍」というあだ名で呼ばれているほど流されてふらふらと漂っているエリート男性。

自分のことを好きと言ってくれる女とばかり付き合って、それを決して冷たく突き放すことはしないでいい顔をしてなんとなく生きている。
でもその女性の誰のことも本気で好きにならずに、優しいように見えて最も残酷な接し方をしていることに気づいていない。

途中まで、大伴はアロマンティック(他人に対して性的感情はあるものの恋愛感情を抱かない性的指向)なのかなと疑いましたが、多分最終的には今ヶ瀬に恋愛感情を抱いたようだったので、シンプルに恋愛してこなかった男性なんでしょう。

観終わった瞬間、友人と顔を見合わせて言ったのは
「え、大伴最初から最後までムカつくんだけど!!!!!」
だった(笑)
でもなんでムカつくかって、おそらく二人ともこういう男性に心当たりがあるから。つまり、流され侍ちっくな男性はそこら中にいるということ、そして大伴と同じように多分モテるのだということ。

優しくて、自分のことをお姫様のように扱ってくれて、一瞬有頂天になるんですよ、こんな素敵な男性が私のこと好いてくれるのか、って。
でも蓋を開けてみたら、外聞気にしているだけで、自分のことが好きなんではなくて女にやさしくしているかっこよくて完璧な自分が好きなだけ……。
つい先日まで、本当にこんな男性を好きだったので余計に腹が立ったのでしょう(その男性についてはそのうち別途書きたい)

私は最近、今ヶ瀬みたいに人を好きになったことはあるんだろうか

総じて今ヶ瀬に感情移入して、彼に幸せになってほしいと心から願ってしまうような映画でした。
それと同時に、今ヶ瀬は幸せにならなかったんだけれども彼をうらやましく思ってしまった自分がいる。

大伴は嫌な男だ、好きになればなるほど自分が惨めに思えてしまう、そんな男だ。
今ヶ瀬だって劇中で「そういう男、ほんとに嫌いなんですよね」と言っているし。
でもそれに続いて「心底好きになるって、そのすべてにおいてその人が(例外)になるってことなんですよね」と呟く。
これが本当にぐっと引き込まれるし、絶対に誰もが経験したことがあることだから胸が痛くなりながら今ヶ瀬の気持ちに寄り添ってしまう。


なんて言いつつ、同時に自分がそんな感情を抱いたのはいつだったかなあと考える。
マッチングアプリを使ってデートしたりそれ以上を望むような男性を探すようになってから、なぜかここまで恋愛感情が昂っていないことに気づいた。
色んな人と同時進行で会いがちなマッチングアプリの特性上、一人に対しての熱量がおそらく分散してしまうのだろう。
そう思ったら、一人の人を愛することができるだけで奇跡なんじゃないかと思ってきた。
中学生とか高校生の時には当たり前だったその感情が、今の私には遠い目標なような気がしてなんだか寂しく感じ、ゆえに直近の夢に「今ヶ瀬渉になる」が追加されたのです。


そうなれたらきっと、苦しいこととか哀しいこととかやるせないことがいっぱい出てくるんだろうな、ずるいことばっかり考えたり怒ったり、縋ったり自分の嫌な部分も見えるんだろう。
でもそれと同時に、小さなことに喜びを感じたり愛おしいと思ったり、些細なことに一喜一憂して、幸せだって思えることも増えるんだろうな。
その時を楽しみに、私は今日も出会いを求めよう。笑


最後に、これは余談でしかないんですが、この映画って男性はどう見るんだろう。女性はもう今ヶ瀬に共感しかしないと思うんだけど、男性は大伴の気持ちが分かったりするのだろうか。
窮鼠を見た男性からのご意見、お待ちしております。笑


サポートなど分不相応だなあと思いますが、もししていただいた場合は全力で私の若作り費用にさせていただきます(欲望丸出し)