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Cursor Girl

詩州香ちゃんがまた郷田をコピペしている。
私の指はね。神様がくれた指なの。
初めそう聞いた時、彼女にしては随分安い台詞を言うな、と思ってしまった。その台詞が、生きていることの有難みを謳ったものではなく、他者をひれ伏させる圧倒的権能を誇ったものだということに気づかされたのは、付き合ってから一週間くらいのことだ。
「やめてくれやめてくれ、もう飛騨には手を出さないから」
詩洲香ちゃんの指は止まらない。そもそもなぜ今まで気づかなかったのか不思議だ。詩洲香ちゃんの指になぞられた郷田の身体は、為す術もなくその光景を見ている総男を脇に、本人の意思とは無関係に、空き地を縦横無尽に瞬間移動する。
切り取って、貼り付けて。切り取って、貼り付けて。切り取って、貼り付けて。
コピペといったが、あれは嘘だ。正しくいうとカット・アンド・ペースト。
「飛騨~!頼むから詩洲香ちゃんを止めてくれよ~!」
「いつ私が『ちゃん』付けで呼んでいいって言ったの?削除してほしい?」
郷田は蒼白だ。彼を襲う恐怖は体が操られていることからではなく、空間から切り取られてから再現前するまでの間、一瞬訪れる「無」から来るものらしい。
「おはよう飛騨くん、顔の傷大丈夫?」
「大丈夫。あの……そろそろやめた方がいいと思うよ」
郷田は唯物論者だったと思うが、魂ではないにしろ自分の連続性を担保する何かの存在を信じてはいたらしい。即席のスワンプマンとして高速で生成と消滅を繰り返すスクールカースト上位者は、今頼むのであればその座を明け渡してくれそうだ。
「飛騨くんがいうなら仕方がないけど……」
不本意な顔で郷田を切り取り元の場所に貼り付けようとする。その「無」の時間が少しでも早く終わってくれることを切に願う。
「あ、添付範囲……」
空耳だと言って欲しかった。詩洲香ちゃんの表情を見る限り、その台詞は絶対に返ってはこないだろうという想念が僕の脳裏を過った。

【続く】

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