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Brave Buzzy World

広告が端末画面から溢れ出て、生命圏の八割がスパムの海に沈んでから、どれくらいの時が経ったのだろう。
「リセマラ不要!美少女と共に秋のインターンシップに参加してきたるイノベーションを全身脱毛!今だけ【特報】【特報】【特】ほほほほほほほほ#」
物思いに耽りながら放った銃弾は脳天を貫き、広告粒子(プロモ・グレイン)によって流し込まれたお得情報の地獄から住民を解放した。
「生存者は極力救助するはずでは」
マスクにくぐもった声でリゼが言う。
「広告粒子(グレイン)の浸食が激しい。仮に浄化措置が適用できたとしても脳機能の回復は絶望的だ。気が咎めるようなら本部に報告しておけ」
ナノマシンによって広告媒体に加工された死体を、リゼは悲しげに見下ろす。肉の隆起と共に浮き出た萌えキャラの顔、顔、顔。視線を遣ったのが合図になったように少女の顔たちは蝟集し、比較的穏やかだった死者の表情を肉の波で呑み込んでいった。
目を上げるとその視線の先にも顔がある。ただし、ずっと大きい。瞳に星を湛えた少女の頭部は、リソースが不十分だったためか右半分が崩れて、桃色の内容物をまき散らしながら広場に横たわっている。
「子供だ!」
泣き声はその顔の真下から聞こえてきた。赤子は分厚いゲル状の膜にくるまれているように見えた。
「フィルターバブル……?なぜこんな僻地に」
そう訝しんで目を放したのがまずかった。
「助けないと」
リゼは顔の一メートル手前にまで距離を詰めていた。止めようと駆け寄ろうとした時には、赤子を取り上げる寸前だった。
「え……」
赤子の手前に亡霊のように浮き出るバナー。リゼの指は確かにそこに触れていた。
「リゼ!」
なぜ気づかなかったのだろう。この村落自体が部隊をおびき寄せる広告だということに。ごぼごぼと、媒体となる対象の存在を感知した地面が脈打つ。
「伏せろ!」
広告粒子(グレイン)濃度がみるみる高まっていくのを横目に私は銃の引き金を引いた。
【続く】

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