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美の言語化

デザインを言葉にするとき、私達はその意図であったり、効果であったり、その根拠となる統計を説明する。
言葉にする方法もある程度体系化されてきており、認識を共有しやすい。対象となるデザインが、構造的でロジカルであるほど、言葉にするのが容易だ。

しかし、美について言語化するのは難しい。

確かにデザインは単に見た目のことではなく、いかに機能するかだ。※ 1 けれど、またデザインは、見られることを避けて成立させるのが難しいものでもある。

この頃、デザインのその機能についてはよく語られている。しかし、スタイルについてどうだろう。
あんなにも頻出するスタイルについての言語 " かわいい " を、その美を、言葉でうまく表現できるだろうか。

ロジカルに言語化できない美は、言葉で説明しづらいものかもしれない。しかし言葉にできないからといって、デザインに不要なものではない。
言語化していくと言語化できないものがこぼれ落ちる。それは危ういことだ。


人に何かを伝えるとき、人はたいてい 3 つの手法を使う。

1. 図にする
2. 数値化する
3. 何かに例える

だが、私達が美について言語化するとき、多くの場合 3. 何かに例える しか使えない。3 についても、それが共感をもって認識されるかどうかは、共通の文化や経験をもっているかに左右される。ゆえに、美の言語化は難しい。

黄金比のように、ロジカルな美というものも確かにある。しかし黄金比は身体をはじめとする自然物に備わった比による美であり、その数値化もまた、その身体性を共通認識として、美を例えているといえる。

つまり、美を言語化するということは、いかに例えるかなのだ。

日本語で美を表現し伝える、ということは古来ずっと行われてきた。現代のように、美を写真や映像に遺すことが困難であった時代だからこそ、美を言葉にすることは随分試行錯誤されているのだ。

たとえば、和歌における引歌や本歌取り。これは共通認識として持っている古歌を引用したり、取り入れたりすることで、古歌がもつ世界観を継承し、その重なりによって美を言語化した。短い言葉で表現できないことを、古歌が織りなしたシーンを引っ張ってくることによって実現しており、美を呪文によって召喚する、口寄せのような呪術性がある。※ 2

新古今和歌集にある藤原定家の和歌に、

春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰にわかるる 横雲の空

というものがある。これは古今和歌集にある壬生忠岑の和歌、

風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か

を本歌取りしたものと言われている。また" 夢の浮き橋 "といえば、源氏物語 宇治十帖の最終巻 " 夢浮橋 " が思い浮かぶ。

現代ではこの美をイメージするのは難しいだろうか。古今和歌集と源氏物語を知らないとせっかくの口寄せも不発に終わる。けれど知ってさえいれば、うまく呪術にはまって定家の美を体感できる。


しかし、過去の引用では新しい美を表現できない。共通の経験を持たない者に美を伝えることができない。やはり近代の文人も、美を表現するものとして、過去の表現の集積でしか美を語れないことに不満を持たないわけではなかった。

そこで、登場したのが正岡子規による " 写生句 " だ。

くれないの 二尺のびたる薔薇の芽の 針やはらかに 春雨の降る

まるで、スクリーンショットをとるように、見たままを表現しその美を伝える。ただそこにある美が、瑞々しい表現で描かれている。何かに例えるのではなく、絵や写真、映像を見せて伝えるように。

この " 写生句 " は、後に高浜虚子、そして斎藤茂吉によって " 生を写す " 写生、対象と自己の一体化へとさらに展開していく。


言葉はいつも心に足りない  ※3  だから先人たちは苦心して言葉にするとこぼれ落ちる美を拾ってきた。その軌跡をたどると、人が美に惹かれて続けてきた宿命のようなものを感じることができる。

最近では、文学について、特に古典について学ぶことが役に立たず、無駄なことだとされることが多くなった。正直、役に立たないという意見には同意できる部分もある。

けれど、古来脈々と議論されてきた内容を踏まえずに、言語化について思案しても、既に周回遅れの議論に時間を費やしてしまい、少しもったいない事だなあと私は思う。


美の言語表現を追求したとき、その先にあるものはなんだろうか。音楽に楽譜があるように、美も美を表現するための、別の言語を持つべきだろうか。言葉で足りない部分を補助する何らかのマークアップが必要だろうか。

それともテクノロジーの進化によって、そこに言葉は必要なくなるのだろうか。


※ 1
Design is a funny word. Some people think design means how it looks. But, of course, if you dig deeper, it's really how it works. To design something really well, you have to 'get it.' You have to really grok what it's all about.
https://www.wired.com/2005/05/steve-jobs-buys-a-washing-machine/?currentPage=2

※ 2
これについては、実は私達も普段からよく使っている。
今まで「だか断る」と何回チャットに入力し、そのたびに岸辺露伴を召喚したことだろう。

※ 3
『忘念のザムド』 宮地 昌幸 紅皮伊舟
ザムドは茨木のり子の「魂」とか出てきて文学部ホイホイだ。





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