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白雲節と久米島の三線職人

沖縄民謡「白雲節」を弾いて歌えるようになるまでは半年の時間を費やした。
白雲節とは沖縄民謡のなかでも極上のラブソングと言われている。
「白い雲のように見えるあの島に、鳥のように飛んで行きたい」という歌詞が印象的だ。
沖縄三線独特のタッカ、タッカのリズムを刻む早弾きの曲で、この曲の三線はえげつないほど難関だった。
早弾きはむつかしくて懲りごりだと思っていたはずだったのに、タッカ、タッカのリズムに対するあこがれをあきらめきれなかった。
何度も言うが、白雲節はいくら練習しても一向に手が覚えない。

白雲節に悪戦苦闘していた頃、新しい三線の購入を考えていた私は銀座で開催されていた「沖縄の工芸展」という沖縄伝統工芸を一挙に見られるというイベントに足をのばした。そこには沖縄県三線制作事業協同組合が出展しており、個性豊かな三線がずらりと並んでいた。

ふと1棹の三線に目が止まる。
沖縄県久米島で作られた三線だ。

私はスクーバーダイビングを始めてから数年間、久米島の魅力に取り憑かれ3ヶ月に1度というハイペースで久米島を訪れていた時期があった。ここ最近はすっかり足が遠退いてしまったが、もちろん今でも久米島の魅力のとりこであり、明日にでも飛んで行きたい場所である。
久米島で三線が作られていたことに驚き、思わず手に取りポロンと弦を鳴らしてみた。さっぱりとしていて、みずみずしい音だ。

突然後ろから「それ良いでしょ?私が作りました。」
と1人の年配の男性から声をかけられ、名刺を渡された。名刺には新垣三線店と真謝(マジュ)地区の住所が記載してあった。真謝と言えばフクギという並木が美しい地区である。
私は思わず「フクギの近くですね?!」とテンション高く反応してしまった。
声をかけてくださった方は新垣三線店の新垣清昂(あらかきせいこう)さんだった。新垣さんは久米島でたった1人の三線職人で、観光客向けに三線教室も開いているそうだ。
こんな東京のど真ん中で久米島の人と話をしている。
私にとって、とても贅沢な時間だ。
新垣さんは私に
「三線習ってるの?何の曲が好き?」と聞いて下さったので、
「今は白雲節を練習しています。」と答えると、
「白雲節良いよね~、大好きな曲だよ」と笑顔が増した。
私はその笑顔が嬉しくなり思わず
「今度、久米島に行ったら新垣さんを訪ねて白雲節を披露したいです!」と宣言してしまった。
新垣さんは「楽しみだぁ」とさらに笑顔が2割増しにして喜んでくれていた。
新垣さんとの出会いから4ヶ月後、私の白雲節の特訓は実を結び、何とか歌三線としての形ができた。
気持ちは白雲節同様、新垣さんのところに鳥になり飛んでいって、私の白雲節を聴いてもらいたい。

久米島は会いたい人がたくさん住んでいる。
新垣さんもそのひとりだ。

「沖縄の工芸展」で出展されていた新垣さんの作った三線の行方だが、久米島のすべてが詰まってそうで連れて帰りたい衝動に駆られた。しかし、桁が多くて連れて帰るだけの覚悟が私にはなかった。

新垣さんは先日、沖縄県内の工芸産業の振興を図ることを目的として創設された沖縄県工芸士に認定された。
新垣さん、おめでとうございます。

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