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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ㉑(最終回)

三段重を食べつつ思う、ヘリテージの未来

今回の行き先
元離宮 二条城

「二条城で昼食を」──。当連載ガイド役の西澤崇雄さん(日建設計ヘリテージビジネスラボ ダイレクター ファシリティコンサルタント)から、「次は二条城の香雲亭(こううんてい)でランチを食べる取材です」と聞いたときから、そのフレーズが頭に浮かんでいた。分かる人には分かると思うが、人気ドラマ『名建築で昼食を』(「国立国会図書館 国際子ども図書館」の回を参照)のもじりである。

編集者としての目線で言うと、『名建築で昼食を』というタイトルの素晴らしさは、「名建築」という高尚な場所で、フルコースのディナーではなく、カジュアルに昼食を食べるというギャップが頭に浮かぶからである。ならば、「二条城で昼食を」は最上級のギャップではないか。
 
二条城内にある通常は非公開の木造建築「香雲亭」。そこで食べたのは、こんな三段重。料理は、京都・祇園にある「京料理いそべ」によるものだ。

実は今回の記事は、この連載の最終回である。2021年5月以来、2年近く書き続けてきた。三段重は「これまでのご褒美」と受け止めて、ありがたくご馳走になる。気になって後で値段を調べてみたら、料金は3700円(別途、二条城への入城料一般1300円)だ。おごってもらった人間が言うことではないが、この非日常体験の値段としてはかなりリーズナブル!

世界文化遺産の“超ヘリテージ”

京都市中京区にある二条城。現在の正式名称は「元離宮(もとりきゅう)二条城」。築城は、今から420年前の1603年(慶長8年)。江戸幕府を開いた徳川家康が将軍上洛の際の宿泊所として築いた。家康と豊臣秀頼(豊臣秀吉の子)との会見(1611年)や、江戸幕府の終焉へとつながる大政奉還の表明(1867年)など、さまざまな歴史の舞台となった。今年はNHK大河ドラマが「どうする家康」なので、舞台の1つである二条城は観光客も増えそうだ。

写真1:観光客でにぎわう唐門周辺

正式名称の頭に付いている「元離宮」というのは聞き慣れない言葉だが、これは明治時代、皇室の別邸「二条離宮」となっていたことによる。つまり、元・離宮という意味だ。

城内の目玉は、東側にある「二の丸御殿」。これは国宝だ。1994年には二条城全域が「古都京都の文化財」(構成資産は京都市、宇治市、大津市に点在する17件)の1つとしての世界文化遺産にも登録された。この連載で取り上げてきた施設の中でも“超”の付くヘリテージである。

建物を「残す」ための大工事が進行中

その二条城を今回訪れたのは、西澤さんが現在、二条城の利活用のための調査業務を担当しているからだ。この連載では、何らかの改修・修繕を実施したヘリテージ建築を紹介してきたが、今回は、西澤さんの関わる工事はまだ終わっていないし、始まってすらいない。
 
少しややこしい話になるが、二条城では今現在、「世界遺産・二条城本格修理事業」というものが進んでいる。城内全ての歴史的建造物を中心に修理・整備を行う大事業で、2011年から始まった。すでに「唐門・築地」、「東大手門」、「番所」の工事が終わり、今は重要文化財の「本丸御殿」が仮囲いで覆われている(工事期間は2017~2023年度)。

写真2:修 理中の本丸御殿


これが終わると「二の丸御殿」の工事が始まり、最終的な事業完了時期は2036年度を予定している。なかなかに気の長い話だ。

西澤さんが何に関わっているかというと、“その先”の利活用のためのインフラ整備を考える仕事だ。今回は最終回の特別編として、二条城のような“超級”のヘリテージ活用の未来について考える。

利活用して維持管理費に充てる方向へ

西澤さんとともにその計画を進めている京都市元離宮二条城事務所・文化財保護技師(記念物)主任の今江秀史さんに話を聞いた。今江さんは市の職員でありながら、「博士(人間科学)」の資格を持つ。
 
「文化財の建物保存は、かつては公的資金で建物を維持管理したり、修復したりするのが普通でした。しかし、数が増えたこともあって、近年はそれを所有者が活用して収益をあげ、そのお金を維持管理に充てる方向へと変わってきています。今、二条城で行われている工事は、建物自体を守っていくための工事で、日建設計さんにお願いしているのは、その工事が終わった後、二条城全体をこれまでよりも利活用しやすくするための調査・検討をしてもらう業務です」(京都市の今江さん)
 
なるほど。まだ調査中なので、具体的にどうなるとは書けないのだが、冒頭に書いた香雲亭ランチは利活用の方向性の1つといえそうだ。先ほどはあえて書かなかったが、香雲亭は江戸時代から二条城内にある建物ではない。戦後の1965年に、角倉了以(すみのくらりょうい、高瀬川の開削事業で知られる)の木造邸宅の一部を、河原町二条から移築したものだ。文化財には指定されていないので、食事会にも使いやすい※。(※文化財に指定されていても食事には使うことはできます。)

写真3:香雲亭内

しかし、もともとレストランとして整備したものではないので、常設の調理設備は最低限しかない。電圧も、暖房に使う分でギリギリ。我々が食べた三段重は、基本的に京料理いそべ本店でつくってからここに持ち込まれたもので、温かい豆乳鍋などは店から持ち込んだ機材で温め直しているという。

写真4:香雲亭での昼食

今回の香雲亭ランチ企画は、2023年1月7日から2月28日まで完全予約制で行われた。夏季の朝食事業とともに、7年前から期間限定で行われている企画だが、今後も開催されるかどうかは実施時期が近づかないと分からないという。できれば常時やってほしいが、これを終日・季節を問わず行うには、何らかのインフラ増強が不可欠だろう。
 
ちなみに、二条城の公式サイトをみると、香雲亭では「世界遺産 二条城ウエディング」なるものも受け付けている。結婚式もやっているのか……。かつてのように団体バスでワッとやって来て、遠くから見て終わり、という時代ではないのだ。

本丸御殿は明治期の移築

日建設計は、そういった可能性を香雲亭に限らず二条城全体について考えているわけだ。これまで必要に応じて個別設置されてきた既存のインフラを調査し、それらの改善を提案していく仕事だ。

そこにも、「二条城ならではの難しさ」があると、今江さんは言う。「二条城は長い歴史の中で変わってきました。そのために、どの時点を基準に整備するのかがとても複雑なのです」(今江さん)
 
どういうこと? こういうことだ。
 
二条城は先に書いたように、徳川家康が1603年に築城した。1624年に徳川秀忠(家康の三男、第2代将軍)が城の拡張に着手(寛永の大改修)。1626年、家光(第3代将軍)の時代に本丸・二の丸御殿・天守閣が完成し、現在の規模となった。二の丸御殿は全6棟の建物から成り、江戸初期に完成した住宅様式である「書院造」の代表例だ。
 
と、そこまで分かりやすい。今江さんの言う「二条城ならではの難しさ」は、その先の歴史だ。
 
1750年、雷火により五層の天守閣が焼失。
1788年、市中の大火により 本丸御殿などが焼失する。
1867年、徳川慶喜が二の丸御殿で大政奉還の意思を表明。
1868年(明治元年)、城内に太政官代を置く (現在の内閣にあたる)。
1871年、二の丸御殿内に府庁を置く(のち一時陸軍省になる)。
1884年、皇室の別邸 「二条離宮」となる。
1893年、京都御所の北東にあった桂宮御殿を本丸に移築し、二条離宮本丸御殿とする。翌年完了。
1915年、大正天皇即位の大典が行われ大饗宴場を造営(現清流園の位置)。南門ができる(後に撤去)。
1939年、宮内省が二条離宮を京都市に下賜。
1940年、恩賜元離宮二条城として 一般公開を始める。
1965年、香雲亭移築、清流園造成。
 
大きいところで言うと、本丸御殿は江戸初期から残っているものではない。本丸御殿は江戸中期に焼失して以降、長く存在していなかった(大政奉還の表明は二の丸御殿で行われた)。現状の本丸御殿は明治になって移築されたもの。とはいえ、本丸御殿や本丸庭園も離宮時代の重要な歴史遺産ではある。

写真5:国宝の二の丸御殿

そうしたことは難しさの一端であって、例えばランチを食べた香雲亭や、それと一緒に整備された清流園も、もうすぐ50年になる(1965年完成)。ぱっと見には江戸時代からあったようにさえ見える。実はこのエリアは第二次世界大戦後の一時期、GHQの意向でテニスコートがつくられていたという。そんなことも知ると、戦後復興という価値も重なる。

「ビフォー・アフター」では描けない利活用

何を歴史的な価値とするのか、個別に慎重な判断が必要で、「利活用しやすいように」といって安易に手を入れることはできない。加えて、歴史年表に現れないような細かい要素も個別に判断していかなければならない。例えば、堀に架かる橋であったり、照明やガスなどの生活設備であったり、放水銃などの消火設備であったりだ。そういった城内の無数の要素を整理・判断して、文化財の保護をしつつ、二条城全体をより利活用しやすいものにバリューアップしていくのだという。
 
「より良い姿を目指して西澤さんや日建設計の方々といろいろ頭を悩ませています」と今江さん。

こうしたヘリテージ活用は簡単に「ビフォー・アフター」で描けるようなものではない。地味で気の長い作業だ。しかし、この連載をこれまで読んでいただいた方は、その重要性が分かっていただけるだろう。
 
日建設計といえば、一般の人には「大規模な再開発ビル」というイメージが強いと思う。筆者もそうだった。だが、この連載では「日建設計がこんな仕事を?」と驚くことがたびたびあった。二条城のプロジェクトは、その中でも最たるものかもしれない。
 
そもそもこの連載も、ヘリテージ活用への興味を持つ一般の人を増やしたい、という気の長い目的で始まったものだ。2年にわたった連載の最後なので、エールを送って締めたい。

「日本をヘリテージ活用の先進国に! がんばれ日建設計ヘリテージビジネスラボ!


■建築概要
二条城
所在地:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
築城:1603年(慶長8年)
敷地面積:27万5000㎡(1626年の拡張後)
<二の丸御殿>
竣工:1626年(寛永3年)
構造・階数:木造・平屋建て
<本丸御殿>
竣工年:1790~1849年完成、1893年(明治26年)に移築
構造・階数:木造、2階建て(御常御殿)
<世界遺産・二条城本格修理事業(本丸御殿大玄関ほか2棟)>
施工期間:2018年11月~2024年3月(予定)
発注:京都市
設計:京都市文化市民局元離宮二条城事務所
施工:伸和建設・上宗建設JV

■利用案内
開城時間:午前8時45分~午後4時(閉城 午後5時)
二の丸御殿観覧受付時間:午前8時45分~午後4時10分
休城日:年末 12月29日~31日
二の丸御殿観覧休止日:
毎年1月・7月・8月・12月の毎週火曜日、12月26日~28日,1月1日~3日
※当該日が休日の場合は二の丸御殿を観覧いただけますが、その翌日に二の
丸御殿を観覧休止いたします。
入城料/二の丸御殿観覧料:一般1300円、一般団体(30名以上)1100円、中高生400円、小学生300円、小学生未満は無料
入城料のみ:一般800円、一般団体(30名以上)700円、中高生400円、小学生300円、小学生未満は無料
展示収蔵館観覧料:上記に+100円
公式サイト:https://nijo-jocastle.city.kyoto.lg.jp/



取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「誰も知らない日建設計」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など


西澤 崇雄
日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ
ダイレクター ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。




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