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レスポンシブ・ストリート ~CELLが描く街路の未来~

鈴木 一樹
日建設計 都市部門 都市基盤計画グループ
アソシエイト

ストリートに求められる進化

米国や欧州の主要都市がストリートで行ったコロナ禍の緊急対応では、自動車交通を思い切って制限し、歩行者空間や自転車レーンを一気に拡充する例が多く見られました。ここにはWith/Afterコロナを見据えた2つの戦略的な視点があります。
一つは、パーソナルな移動空間を確保する交通政策の視点です。これまで大都市圏の公共交通機関は、ピーク時間帯にいわゆる「満員電車」で多くの人を運んでいましたが、今後は密を回避する為に、移動手段を変える人も増えるでしょう。しかし自家用車やタクシーは輸送効率が極端に悪いため、多くの人が利用すると深刻な渋滞を招く等の問題があります。そこで見直されているのが、輸送効率や環境性能など多くの利点をもった移動手段である徒歩や自転車です。働く場の分散化や職住近接が進展していくであろう今後の都市活動を支える交通基盤の柱として、徒歩や自転車を優先する空間整備を戦略的に行っていくことを重視する視点です。
もう一つは、ストリートを多様な都市活動の受け皿とするという視点です。今後、ソーシャルディスタンスの確保と十分な換気のため、屋内空間で行われていた活動の一部が、その活動の場を屋外に求めることは必至です。そこでストリートを「柔軟に使える公共空間」として多様に活用しよう、というものです。全米都市交通担当者協会(NACTO)が5月に示したガイドラインでは、自動車の通行を制限してストリートに安全な空間を作り出し、医療や教育、物流、飲食など様々な用途に、柔軟に利用することが提案されています。
これは、もはやストリートの進化と言えるでしょう。コロナ禍は、これまで自動車の通行機能に偏重していたストリートを見直し、ニューノーマルの都市にふさわしい在り方に進化する機会になっているのです。

時間変動を味方につけて、スキマを活用する

ストリートの進化は、円滑な自動車交通との両立によってのみ成立します。特に都市部では人とクルマの動線が複雑に絡み合い、解きほぐすのは大変ですが、進化させるポイントは、交通やアクティビティ需要の「時間変動で生じるスキマ」を活用することだと考えます。
人やモノが移動する交通需要は、曜日や時間帯によって変動します。交通計画では街路などのスペックを決める際にこの変動を考慮し、ピーク時間帯に適切な処理能力を発揮できるように計画しています。つまり多くの場合、オフピークには余裕があるという事です。
交通需要は、たいてい早朝と夕方がピーク時間で、日中を含む多くの時間帯は交通オフピークです。一方で、業務や買い物など多くのアクティビティは交通とは異なる時間帯がピークになります。交通とアクティビティのピークの時間差に注目すれば、限られた空間をダイナミックに利用できる時間のスキマが見えてきます。そのスキマを活用すれば、ストリートにアクティビティを生み出す空間が提供できるのです。

図2

図1:アクティビティの時間変動を活用してダイナミックに空間を活用する

ストリートを自由に組み換える「CELL」

交通需要に加え、多様なアクティビティにも対応したストリートに進化させるには、高度な運営管理を継続できる、無理のない仕組みづくりが必要です。
この課題に対応する為に、私たちが取り組んでいるSTaaS(Street as a service)というプロジェクトをご紹介します。STaaSでは「CELL」と呼ぶ単位空間を用いて、ダイナミックに変化する都市アクティビティを管理します。
平日の交通ピーク時間帯には、CELLは公共交通の乗降場所、シェア交通の待機場所、EC増加で不足する荷捌き場等の「交通機能」を提供します。しかし休日や日中など交通のオフピーク時間帯においては、CELLは地域の医療・福祉・教育・飲食・物販・娯楽など公共・民間の「多彩な都市のアクティビティ」を提供する場所として活用されます。
このようなダイナミックな運営管理は、IoTを活用した情報技術に支えられています。人や車の交通量や滞留状況、空間の使われ方等を多角的に分析し、ストリートを曜日・時間毎に最適に活用して、地域の課題解決に役立てます。
もちろん、ストリートは公共空間なので公平な立場で運営されなければなりません。STaaSはエリアマネジメント組織が運営主体となることを想定して組み立てられた、持続的な地域の魅力向上を実現する仕組みです。

図3

図2:CELLを使ったダイナミックなストリート活用(STaaS)

レスポンシブ・ストリート

広場化したストリートでは、子供たちがクルマを気にせず走り回っている。幅広い歩道には、特徴のあるフードカーが日替わりでやってきて、毎日違ったランチを楽しめる。住宅地周辺の道路で簡単な医療サービスが受けられるようになり、おじいちゃんは毎週検診を受けられるようになった。駅前商店街は週末にストリートを貸し切って、ライブイベントをやるらしい・・・。
ストリートが多様で柔軟に活用できるようになると、地域にとってふさわしい自由な使われ方をするようになります。単なる交通処理空間であった道路が、地域の人々が欲するアクティビティが多様に展開できる魅力的な生活空間に変わっていきます。
レシポンシブ・デザイン(良く反応するデザイン)という言葉があります。もともとはWebサイトの構築手法のひとつで、スマホやPC等のデバイスに依存せず、見やすい表示に自動で切り替わる仕組みを持ったデザインの事です。With/Afterコロナ時代のストリートは、多様なアクティビティを受け入れ、柔軟な機能調整で運用可能な「レシポンシブ・ストリート」であることが求められるのかもしれません。
コロナ禍は深刻な問題ですが、問題解決を通じて進化する機会と捉える考え方もあります。目の前の道路をレスポンシブ・ストリートに進化させることで、以前よりも幸せな都市環境を手に入れる機会として活用すること提案したいと思います。


鈴木

鈴木 一樹
日建設計 都市部門 都市基盤計画グループ
アソシエイト
専門は都市交通計画。日本,中国及びアジア地域を中心とした多数のプロジェクトに参画。2019年よりSTaaSを主宰。日常生活における幸せな移動の探求がマイブーム。
一級建築士、交通工学研究会認定TOE(交通技術上級資格者)。




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