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孤独な日銀の“ダブルスタンダード”戦略

3月19日(金)の日銀金融政策決定会合。注目されていた金融政策の「点検」の概要は①長期金利の変動幅を±0.25%程度と明示②ETF購入の「原則年間6兆円の目安削除」 ③貸出促進付利制度の導入――などと発表された。日銀は「より効果的で持続的な金融緩和」のための修正と強調している。こうしたポイントについてはすでに、かなり(事前の報道も含めて)報道されているのでここではその詳しい内容は省略。「点検」に至る一連の動きも含め、長らく日銀に対して感じていた“違和感”のようなものの正体について、自分なりに整理してみたい。それらを一言で表すなら、「孤独な日銀」、そして広報に対する「ダブルスタンダード(二枚舌)戦略」ということになる。

日銀の金融政策にはとにかく分かりにくいところがあるのだが、それはそもそも「対外的な広報」と「内部で進めている真意」を使い分けるダブルスタンダード(二枚舌)戦略を折々取っているからではないか。例えば、点検のポイントの一つ。長期金利の変動幅は今回±0.25%と明記された。これまで「ゼロ%程度を軸に±0.2%」と説明してきたので、普通に考えれば上下金利変動幅の拡大と受け止めるのは自然だ。しかしこの日の会見で、この点を問われた黒田総裁は「やや幅を持って表現していたのを明確化するもので、変動幅を拡大したわけではない」と答えている。明確化であって拡大ではない。0.5%程度の範囲内の変動ならば緩和の効果を阻害するものではないと、計量的に明らかになっている――などと説明したが、普通はこう言われても分かりにくいだろう。

このポイントについては、そもそも会合前の黒田総裁と雨宮副総裁の発言の齟齬(変動幅を拡大させる必要があるのかないのかついての認識が真逆に聞こえる)が話題だった。このギャップついても、この日の会見で明確に否定している。野村証券のチーフエコノミスト、美和卓さんは「日銀審議委員内にも金利重視派からリフレ派など様々な考え方があり、ある程度幅を持たせた表現を取らざるを得なかったのだろう」と見る。

ETFは事前の読み筋通り、購入縮小へ

点検の大きなポイントとして注目されていたETF購入。直前までの報道の通り、年間6兆円の目安は取り払われた一方、必要なときには年12兆円ペースで買うという“意気込み”が維持された。これについて美和さんは「国債の買い入れを減らした時と同じ。緩和姿勢の後退と受け止められないよう、減らすと言わない中で事実上減らしていく」とみる。「そのまま言うわけにはいかない」時に、二枚舌戦略が用いられる。

ETFでいえばこれも事前の予想通りだが、いわゆる“出口”に関する議論は点検では一切、表面化していない。黒田総裁も19日の会見で「物価目標がまだまだ実現されていない状況で出口のことを議論するのは、全く時期尚早だし適切ではない」などと答えており、この点に関して言えば従来と寸分変わらぬ回答に終始した。

ETF出口に関する“悪夢のシナリオ”

日銀出身のクレディ・スイス証券取締役兼副会長、チーフエコノミストの白川浩道さんはETF問題の先行きについて、メディア向けの電話会議でこんな見立てを披露していた。「万が一大量に保有する国債の価値がインフレ高進などで大幅に棄損した場合に備えて、ヘッジとして株式を保有しているという判断ではないか」――。白川総裁時代の2010年に、年間4500億円ペースでETF購入を開始した時から、こう考えていたとは思えない。しかし、黒田総裁以降の、圧倒的な買い入れ額の拡大を受けて、こうした言わば「悪夢のシナリオ」が進んだ場合の “プランB”を準備していたとしてもおかしくはない。公に語られることはまずないだろうが……。

ここまで、日銀が対外的に公に広報している言い方と、内部でひそかに検討している方策の間に折々ギャップがある、ダブルスタンダード(=二枚舌戦略)を取ってきたのではないか――という仮説を展開してきた。

21.3.21 IMG_0923.jpg日銀漂流

参考となる本を紹介したい。現在読み進めている『ドキュメント 日銀漂流』(西野智彦著、岩波書店)は、日銀と経済政策を長年取材してきた著者によるもの。「松下」「速水」「福井」「白川」「黒田」と5代の日銀総裁の時代に、日銀がいかに金融政策と格闘してきたかを記録しており、参考になる。この記録では端々に、こうしたダブルスタンダート(二枚舌)戦略をとってきた様子がうかがえる。時には、企画ラインが総裁や審議委員にも真意を伝えずに政策を進めてきた場面なども描かれている。

日ごろ日銀の金融政策について解説をお願いしているエコノミストは、日銀出身だったり、そうでなくても非常に長く日銀を観察してきた専門的なエコノミストが多い。その解説は一見分かりにくい日銀の政策の進め方について「それはこれこれこういう意味なのですよ」といった形で読み変える、言わば「日銀文学の読み方」といった趣がある。

政治との距離に長年翻弄され、財務省(旧大蔵省)とのせめぎ合いを常に迫られてきた日銀ならではの闘い。その一つの表れが広報、対外説明におけるダブルスタンダード(二枚舌)戦略なのではないか。米国金融政策当局との間においても同様だ。米FOMC、FRBの方がはるかに裏表なく、金融政策と格闘していると思えることが少なくない。かなりの部分を米国など海外の動向に左右されざるを得ない中で、「そのまま言うわけにはいかない」日銀が、苦しい説明をしている場面はままある。「難しく、複雑な組織だなぁ」と思う一方で、このようにして使い分けながら政策を進める日銀という組織やそこで働く人々に、自らのミッションに対する純粋さみたいなものを感じることも事実だ。

市場参加者の広がりがリスク要因に

ただ、このダブルスタンダードは大きな危険をはらんでいると思う。“日銀文学”の読み手が、上手に市場関係者や外部とコミュニケーションを仲介しているうちはある種の均衡が保たれるのかもしれない。しかし市場関係者の範囲が広がるにつれて、「そんな文学は分からないよ!」というプレーヤーが増える。その代表格が外国人投資家だ。

もう一つ、やはりETF購入政策については、金利市場と違って「必ずしも得意とは言えない市場」でやみくもに規模を拡大してしまった感が否めない。日銀が進めてきた量的金融緩和、時間軸効果、イールドカーブコントロールなどの数々の非伝統的金融政策は、ある意味で、その後、FRBを含めて世界の中央銀行が追随してきた面がある。その中でどの国も付いてこないのがETF購入政策だ。日銀の孤独感はいかばかりかと推察する。

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