7つの海の向こうで 第2回 エジプト-日本語ブーム到来の兆し
(※この記事は2019年に公開された過去記事です)
ピラミッドをはじめとする数々の遺跡めぐり、満点の星空を眺めながらの砂漠キャンプ、美しいサンゴ礁に恵まれた紅海でのダイビング…。エジプトは一度は訪れていただきたい観光立国です。もともと親日家が多いと言われていますが、2016年にエジプト日本教育パートナーシップ協定(以下、EJEP)が結ばれたためか、実は、じわじわと日本語ブームがきています。最近Cairokee(カイロキー)というエジプト人の人気音楽バンドが新作アルバムを出したのですが、収められている曲すべてになぜか日本語訳がついていました。
《今回の筆者》深澤香 日本語教師。2008年6月にJICA青年海外協力隊青少年活動隊員(ストリートチルドレン支援)としてエジプトに派遣されて以来、エジプトの教育問題に強い関心をもっている。隊員の任期終了後、日本語教師に転向し、エジプトの日本語教育に関わっている。今夏で一度エジプトを離れるが、「ナイルの水を飲んだものはナイルに戻る」ということわざのとおり、いずれまた戻ってきたいと思っている。
エジプトってどんな国?
エジプト・アラブ共和国はアフリカ大陸の北東に位置し、日本との時差は7時間です。国土は日本の約2.7倍ですが、その95%以上が砂漠とも言われています。一年を通して暑い国だと思われがちですが、首都カイロなどでは冬になればそれなりに寒く、コートが必要になるほどです。2013年の12月には100年ぶりに雪が降り、大騒ぎになりました。
国民の約90%はイスラム教徒ですが、コプト教(キリスト教の一派)やその他の宗派もいます。ちょうど今ラマダン月なのでイスラム教徒は日の出から日没まで断食しています。エジプトの一般的な週休日は金曜で、コプト教徒のお店などは日曜を休みにしているところもあります。
公用語はアラビア語(標準語)で、普段の会話ではエジプト方言が使われています。近隣のアラビア語圏にもそれぞれ方言がありますが、エジプトの音楽や映画などの娯楽が広く受け入れられているため、他の国のアラビア語話者にとってもエジプト方言は親しみがあり、理解しやすいと言えるかもしれません。
日本語を学ぶ場の広がり
エジプト国内で日本語が学べる教育機関は首都カイロに集中していますが、それでも地中海沿岸北部の町アレキサンドリアから南部のアスワンまで、エジプトの国土を縦に流れるナイル川に沿って、国立私立の大学や観光高等専門学校、国際交流基金の一般講座、民間の学校が点在しています。
ここ数年、日本語学科や翻訳学科等の開設ラッシュが続いています。3月末にカイロ大学で開かれた日本語弁論大会では、新設機関の学生たちの活躍が目立ちました。出場した学生にとって大きな自信となったのではないでしょうか。また、国際交流基金カイロ日本文化センター(以下、JFカイロ)で日本語教師養成講座が開かれているのですが、その修了生や一定の日本語学習を終えた人たちが、自分たちで民間の学校やコミュニティを立ち上げ運営している様子もみられるようになってきました。それらはただ日本語を学ぶための場ではなく、日本の文化体験や在留邦人との相互交流の場にもなっているようです。このほか、インターネットを利用して独習する人たちもいます。
こうした日本語ブームの広がりは近い将来、初中等教育にも及ぶかもしれません。冒頭で触れたEJEPにもとづき、日本式教育としてトッカツ(特別活動)を導入する小学校(以下、EJS)が開校しています。筆者の勤務先があるアレキサンドリアにもEJSが3校あり、EJSで働くエジプト人の先生方から日本語や日本文化を学びたいという声が上がっています。近々こうした先生方のための課外コースが始まる予定です。将来、EJS配属の小学校教師と日本語教師との協働により、日本語や日本文化に触れる場が子どもたちにも提供されていくのではないかと期待がふくらみます。
現地教師の養成とフォローアップ
このように日本語学習の場は広がりつつあるのですが、既存の教育機関も含め、慢性的な教師不足が問題となっています。日本人教師の中には複数の機関をかけもちして教えている人もいます。また、仮に教師がいても、十分な新任研修やフォローアップがないまま授業を行っているケースや、学習者だけでなく、教師もエジプト各地に散らばっているため、孤立してしまっている状況も見受けられます。そもそもエジプトの大学には「日本語教育」を専門としているところがないため、日本語教師を目指す人にとっては、JFカイロの日本語教師養成講座が唯一の拠り所となっているといっても過言ではありません。
しかし、最近、自主的な勉強会を計画・実施する動きがでてきました。今月初めに「読解授業」をテーマに開かれ、4つの機関から13名の参加があったと聞いています。参加者は教授経験が比較的少ない教師を対象としており、所属機関の枠をこえて集まるため、ネットワーク形成にも役立ちそうですね。来月にはオンラインで文法項目の教え方勉強会も予定されています。筆者も含め、地方在住の教師にとってはカイロで開かれる勉強会に頻繁に参加することが難しいため、オンライン研修は本当に貴重です。また、昨年エジプトから初めて、政策研究大学院大学の日本語教育指導者養成プログラム(現在は募集休止)を修了した「日本語教育」の修士号取得者が誕生しました。日本の文学や歴史、言語などが専門の教師たちとともに、エジプトの日本語教育界全体を盛り上げていくのではないでしょうか。彼女の意気込みをビデオでご覧ください。
マリーナ・ハビブ先生 (アインシャムス大学日本語学科 助講師)
日本語学習者による活動
JEN-Youth(Japan Egypt Network-Youth)
メンバーの多くは日本語学習経験者ですが、日本語は話せないけど、日本が好きという人もいます。日系企業で働いている社会人から現役の学生まで様々で、エジプトと日本の架け橋となるよう、草の根レベルで自主的に活動中です。日本語学科や講座を修了したらそこで日本語学習は終わり、というのではなく、自分たちが学んだことや体験したことを惜しみなく周りの人に伝えていっています。そして、自分たちも楽しみながら、エジプトと日本の相互理解に貢献しているJEN-Youthの活動がこれからも続いていくことを願います。
私自身も、一人の参加者として彼らの活動に参加することもありますし、イベントの主催者側として、協力をお願いすることもあります。過去に彼らが開いたスピーチコンテストに審査員として参加したことがあるのですが、その時はエジプト人日本語学習者のスピーチだけでなく、日本人のアラビア語学習者によるスピーチもありました。コンテストが終わったあと、参加者や観客が日本語とアラビア語を交えて懇談している様子が印象的でした。
このほかにも、日本人留学生や青年海外協力隊の隊員との交流会や講演会を通して参加者に特定のテーマについて考えさせたり、EGYcon(エジコン)というゲームやアニメ、コスプレが好きな人たちが集まるイベントで将棋や書道、浴衣の着付けのブースを出したりすることもあります。フットワークの軽い彼らは、地方の新しい大学や日本語学科を訪れ、イベントを一緒に盛り上げたり、日本語学習の先輩として勉強のしかたや留学について話をしたりもしています。
まとめ
今でこそ今回ご紹介したような日本語教育を取り巻く環境の緩やかな発展を実感することができますが、アラブの春による政情混乱により、授業や講座を休講や中止にせざるを得ない時期もありました。それでもあきらめずに日本語学習を続けていた学習者と彼らを支えていた現地教師やサポーターたちがいて、今があるのではないかと思います。ときどき在留邦人や留学生を招いてビジターセッションが行われていますが、旅行者の方にも交流の機会があるといいなと思います。エジプトにいらっしゃったら日本語学習者を探してみてください。観光地だけでなく、地元のおすすめスポットも案内してくれることでしょう。
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