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不法行為時における被害者の損害軽減義務の程度

1 加害者から不法行為(民法709条)を受けた場合、被害者においても、社会通念上、損害回避又は損害減少措置を執るべきことが合理的な行為として期待されると一般的に解されている(損害回避義務又は損害軽減義務)とされ、判例においてもこれを認めたものがいくつか存在するところ、当該義務は、どのような場面で、どのように課されるのかが問題となる。

2(1) そもそも、交通事故によって車両が損傷し、車両を買い替えた事案において、修理不能な状態であったか否かを確定せずに、買い替えに係る費用(新しい自動車の購入費用と被害を受けた自動車の売却費用の差額等)を損害として認めたことは、審理不尽等の違法があると判示した判例(最高裁昭和49年6月15日判決)があり、その調査官解説111頁は、「不法行為によってであっても加害者と被害者が債権者、債務者との関係に立った以上、信義誠実の原則の適用があり、この原則が適用される結果、債権者たる被害者は、加害者に対し被害又は損害を最小ならしめる義務を負うものといえる。そして、被害者は、車の損傷につき、有責の加害者が存在しない場合に、その損傷に対処すると同様な合理的打算的な処置をとるべきである。」とする。
   (2) また、最高裁平成21年1月19日判決は、店舗の賃借人が賃貸人の修繕義務の不履行により、同店舗部分で営業することができず、営業利益相当の損害を被った事案において、「その損害の全てについて賠償を(賃貸人ら)に請求することは、条理上認められないというべきであり、民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上、本件において、(賃借人)が上記措置を採ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を(賃貸人ら)に請求することはできないというべきである。」と判示した。
   (3) なお、上記2つの判例においては、被害者において、どのような措置を講じるべきか検討する時間的な猶予が十分にあった事案であり、このような事案において、被害者に合理的な行動を執って被害をいたずらに拡大させないよう求めることは、不合理ではないものと考えられる。

3 しかし、被害者において、十分に検討を行う時間的な余裕がない場合は、一定の配慮がされなければならない。
       例えば、Aの寝たばこによってマンションに火災が発生し、慌ててベランダから逃げようとしたBが転落して死亡したという事案において、「自己の住居が火災に遭うということは、何人も、めったに経験しないことであるから、このように現実に生命や財産に対する重大な危機に直面した場合に、常に冷静な行動をとることを期待することは酷である・・・(Bの行動は)それが冷静さを欠いたものであることは疑いないが、火災の場合には、時に見られるものであり、極めて例外的な突飛な行動であると評価すべきではない。」として、火災とBの転落死による相当因果関係を認めた裁判例(東京地裁平成2年10月29日判決。ただし、Bの行動は明らかに冷静さを欠いていたとして、4割の過失相殺を認めている。)がある。
        火災のような極限的な状態ではなくても、被害者において検討に時間がないままに判断を迫られた場合、その判断が事後的に見れば合理的な選択ではなかったとしても、その当時の状況を踏まえればそのような判断が例外的かつ突飛なものでなければ、相当因果関係が認められる事案もあるものと考える。ただし、公平の観点から、最終的には過失相殺で調整が図られるものと思われる。

4 さらに、あくまで私見であるが、加害者からの不法行為が故意によるものであった場合、被害者に求められる合理的な行動の水準は、過失による不法行為に比べて低くてよいものと考える。なぜなら、損害賠償制度の根底には公平の観念が存在し、故意の不法行為において被害者の合理的な行動を求めて相当因果関係の範囲を限定するのは妥当ではないからである。
        また、「故意の場合には、一定の結果の発生すべきことを知りながら、あえてある行為をするというのであるから、つねに結果の発生を予見しているわけであり、この場合には、それによって発生した特別事情による損害を予見していたことが多いだろう。」(清水兼男「損害賠償の範囲についての一考察-民法四一六条の解釈をめぐって-」大阪学院大学法学研究一巻一・二号、四頁)と思われるし、「人間相互の交渉事例で、YとAとの間に、あらかじめ何らかの社会的なつながりがあった場合は・・・には、YA間の社会的なつながりゆえに、Aが損害をもたらす危険性をYはあらかじめ予見できることが多い。従って、Xの損害を予見可能であったことを責任の要件に据えることは許されてよいと考える。」(水野謙「因果関係概念の意義と限界」342頁)として相当因果関係を肯定することが考えられる。

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