万引きの極意は無心にあり?
1. 万引きは犯罪
万引きは犯罪です。しかも割に合わない犯罪です。
万引きなど、決してすべきではありません。
この文章をご覧になるほどの人であれば、万引きなど無縁のことでありましょう。
ところが、かく言うこの私、実は昔、万引きを・・・
いや、正確には、万引きらしき事を・・・
いや、もっと正確には、ほんとの万引きを・・・
してしまったことがあるのです。
2. 紀伊国屋書店で本を見て
今から数十年前、私が三十歳前後の頃でした。
当時の私は、合気道部を卒業して、仙道や神道に興味を持ち始めていまして、様々な霊的書物を読みあさっておりました。
ある日、梅田の紀伊国屋で特別な目当てもなく、色々な本を見ていました。
その中で、一冊、眼に止まった書物がありました。
竜王文庫の創始者三浦関造氏の『シャンバラ』という書物でした。
目次を眺め、パラパラとめくって拾い読みをしたのですが、今買う必要はなかろうと判断して、それを本棚に戻しました。
そうして、紀伊国屋書店を後にしたのであります。
3. 環状線の車中で愕然とする
紀伊国屋を出て、しばらく歩き、信号を渡り、大阪駅(当時はJRとはいっていなかった)で切符を買って改札を通り、環状線のホームにたどり着きました。
忘れもしない、天王寺行きの外回り電車がやってきましたので、それに乗り、座席が空いていたので座りました。
電車はすぐに動き出しました。
ほっと一息ついた私は、さて本でも読むかと思って、左手を見てビックリ仰天、な、な、なんと・・・。
なんと、『シャンバラ』が左手にあるではありませんか!
私は一瞬意味が分かりませんでした。なぜこの書物がここにあるのか。これは確かに本棚に戻したはずではないか。
紀伊国屋書店から環状線のホームまで、十数分の間、全く気が付かずに持っていたとは。
しかも、途中で切符を買って改札を通っているので、切符を買う際にポケットから小銭を出したり、改札で切符を受け取ったりしたはずです。その際に、自分の手にこの書物を持っていたことに自分で気づかなかったとは、どうしたことか。
既に電車は動き出していました。
もう後には戻れません。
ともかく、その『シャンバラ』を車中で読み出しました。
読み出すと、これが結構おもしろかったのです。
結局、家についてからも読み続け、その夜のうにち読了してしまいました。
それは、当時の私の知的好奇心を大いに満たしてくれたのです。
4. 万引きの極意は無心にあり (マインドセットの力?)
読み終わってから、紀伊国屋の店長あてに手紙を書きました。
万引きの意図は決してなかったのだが、無意識のうちに書籍を持ち出してしまったことを説明し、最後に一言、
「万引きの極意は無心にあり」と悟りました。呵々(あはは)
と書き添えて、書籍代金と共に送ったのです。
今、「マインドセット」という言葉がはやっております。
「万引きの極意」とは「万引きのマインドセット」のことであり、いかにしてうまく万引きを遂行するか・・・・・おっとっと、それはいけません!
万引きという悪事を遂行するなど、もってのほかであり、意図的に万引きを行うために無心になろうとするなど、うまくいくはずがありません。そのようなことは、絶対におやめ下さいね。
後日、店長から領収書が届きました。
今思うと、まことに危ない出来事でした。
あの時、書店を出てすぐに店員に呼び止められていたら、私は間違いもなく万引きの犯人になってしまっていたのです。
言い訳が通じるわけはありません。
手に書籍をもったまま、堂々と書店を出ることができたのは、私の心に何のやましいこともありはしなかったからでしょう。
もし、一点の心のやましさでもあれば、その挙動は店員の目に止まったであろうと思うのです。
私の奥の心が、その『シャンバラ』を読みたく思ってのことでしょうが、まことに危うい道を歩まされたものです。
以後、書店で本を見た後は、車掌がホームで電車を見送る手サインよろしく、確認、確認につとめたものでした。
それにしても、無心で事を行うということは、時にこのようなことも成就してしまうのですね。
とはいえ、決して、真似はなさらないで下さいね。呵々(あはは)。