お蔵出し!文芸研究会・実話系ホラーシリーズ『ロフト』

山村:さて、意外と読んでくれる方が多くて、禍話の語り担当も戸惑っているこの企画だが、もうすぐお蔵出しが尽きちゃうんだな。

西脇:内幕を言わなくていいんですよ。

山村:あ、でもね、この作品は怖いよ。流石に実話じゃないんだけど、当時、後輩の住んでいたアパートをモデルに書いちゃったもんだから、もう彼女から怒られたり恨まれたり、そりゃあ、もう大変だったそうな。

西脇:やっぱり、この時期の語り担当は病んでいたんですね。

山村:それでは、一人暮らしで部屋にロフトがある方は閲覧注意ってことでお願いします!

「最近引っ越したんですよ」と、後輩の三咲。
「ああ、実家が遠いから、大学近くに引っ越したいって、前に言っていたもんね。しかしその話を聞いたのは、先月だったような気がする。行動が早いね、君は」
「それだけが取り柄ですから」と、三咲は謙遜して笑った。


あれこれと新居について聞いていると、「家賃も格安で、二万円を切るんですよ」なんて言う。
幾らなんでも安すぎる。フロやトイレが共同というわけでも無いのに、この御時世、そのお値段は有り得ないんじゃないか。
「事故物件なの?」
「そんなわけ無いでしょう、やだなぁ、先輩」その辺はキチンと確認しているらしい。そりゃそうだ、女の子の独り暮らしだもんな。
「近くに高いビルがあって日が差さないとか?」
「いや、それが、私の部屋は最上階でロフトがあって、朝は天窓があるから太陽の光で快適に目が覚めるんですよ。それがとても気持ち良いんで、普段はロフトで寝ているんです」
なんだ、これは何かの罠なのか。ドイルの「赤毛連盟」パターンか。名探偵たる俺は、管理人の膝を注視すりゃいいのか。
とは言え、初めての一人暮らしに水を差すのは先輩として間違っている行為だ。俺はそれ以上は特に追及しない事にした。
三咲が疑惑の格安物件から引っ越した、と聞いたのはそれから一ヵ月ほど経った後である。目の下に隈こそあるが、精神的には何とか回復したという三咲に、
「やっぱり出たか」と聞くと、
「ええもう、バッチリ出ました、凄いのが」三咲は首を横に振った。
以下は三咲の話である。


一週間もしないうちに、ロフトで寝ていると、金縛りに逢うようになった。それも毎晩である。実家でも何度か金縛りに逢ったことはあるが、連日起きた事など無かった。
それでも、実害は、夜中にふと目が覚めると体が動かない、ただそれだけであるので、慣れない一人暮らしのせいだろう、と考え、気にもしていなかった。
ところが、実害は、「体が動かない」だけでは済まなかった。部屋にある小物の位置が、どうもずれている気がする。そんな些細な事を皮切りに、テーブル上のノートが、寝る前にはきちんと整理したのに散らばっている。冷蔵庫がほんの少し開いている。扇風機が、自分は使わない「微弱」ボタンを押されたまま、タイマー切れになっている。エトセトラ、エトセトラ。
最初は誰かが侵入しているのか、と考えたが鍵穴に異常は無く、盗まれた物も無い。管理人にも、それとなく聞いてみたが、ここ最近は、近くで不審者が目撃された話などは聞いていない、との返事だった。
 

三週間目。またもや夜中に目が覚めると、金縛りになっていた。この頃になると慣れっこになっていて、「またかよ、畜生」と心の中で毒づく余裕も生まれていた。早く解けないかなぁ、と天井を見つめていると、

サラサラと、何やら部屋の中で音がする。ぶつぶつと呟く声もする。   泥棒だ。最初はそう思った。しかし、階下に居る何者かは、移動する気配を見せない。泥棒にしてはおかしい。そのうち、指先からゆっくりと動くようになり、金縛りが解けた。しかし、音は続いている。
ゆっくりとロフトから階下を覗くと、何者かが勉強机に座って、ノートに何やら熱心に書き込んでいた。

部屋に明かりは点いていないが、天窓から差す月明かりがある。だから、はっきりと見えた。                          それは自分だった。服装は今日、大学に行ったときに着ていたものだった。三咲は頭の中が焼け付くような感覚に襲われた。

突然、階下の自分が、「あー、もう嫌だイヤだ厭だ!」と叫んで立ち上がった。そのまま、自分は、舌打ちしながらトイレに向かった。
パタン、とトイレのドアが閉まる音を聞いて、三咲はとにかく此処から出よう、とゆっくりと梯子を降りていった。
そのまま部屋を飛び出せば良かったのだが、「あの子は、何を書いていたんだろう」と興味が沸き、ノートを開いてみた。
「この部屋絶対にお化けいるよ……夜中になると誰かの寝息とか聞こえるし、マジでヤバい……。あたしもう限界かも」などと書いてあった。
これは日記なのか。筆跡は確かに、自分のそれである。しかし、ページをめくるごとに文章は荒れてゆき、最後のページ、つまり先ほど書いていたであろう部分は、

「お化けなんて無いさお化けなんて嘘さ寝ぼけた人がだけどちょっとだけどちょっと僕だって見間違えたのさ」


この部屋から出よう。後ろを向くと、トイレのドアが開いて、自分が出てきた。廊下を挟んで、三咲は鉢合わせた。
妙な間があった後、自分が「お前なんて、冷蔵庫に入れてカチンカチンにしちゃえばいいんだ!」と叫ぶと、猛然と飛び掛ってきて、三咲の腹を蹴った。激しい痛みにうずくまる。
自分は三咲の髪を掴んで、ずるずると台所まで引っ張っていった。あの歌に従えば冷蔵庫に入れる筈であるが、引き出しを開けて包丁を取り出したから始末が悪い。自分が「お前と友達になんてなるもんか!」と、高々と包丁を振りかざした。
無我夢中だった。三咲は自分を全力で突き飛ばした。自分が吹っ飛んで、部屋の角に嫌な角度で頭を打ちつけた。
部屋の中が急にしん、となる。三咲は恐る恐る立ち上がった。自分は鼻から血を流して動かない。殺しちゃった?
おずおずと近づいた。体を足で蹴ってみる。やはり自分は動かない。どうしていいか分からなかった。取り敢えず外に出よう。うん、そうしよう。公園とか散歩して新鮮な空気を吸ったりしよう。


「お……お願いだから殺さないで」
声のした方向を見上げると、ロフトからもう一人の自分が見つめていた。スウェットを着た自分が「その子を殺しちゃった事は誰にも言わないから殺さないで」とか何とか、涙ながらに両手を合わせて懇願している。
台所には自分の死体が転がっている。ロフトにも、もう一人自分がいる。なんなんだ、こりゃ。こうなったら、もう笑うしかない。
三咲はゲラゲラと笑い出した。ロフトに居る自分は、「だめだ、あの子、完全に壊れてる、あたしも殺されちゃうんだ」と、布団を半ばまで被って、しくしく泣き始めた。
汚らしく笑いながら、三咲はロフトに繋がる階段を上っていった。来ないで下さい、来ないでよ、と自分が哀願する。自分でもなぜ、梯子を上っているのか分からなかったが、上りきって、泣き腫らした目で、いやいやをする自分を見て、答えが出た。
そうだ、あたしはコイツを殺すために上ってきたんだった。覚悟を決めたのか、布団の上の自分は目を閉じて、お父さん、お母さん、猫のなにがし、と小声で呟きながら、両手を組んで震えている。
弱虫め。抵抗もしないのか。そんな事だからお前は殺されるんだ。三咲は不甲斐ない自分の正面に座り込むと、首に両手をかけた。もう、楽しくって仕方がない。
「じゃあ、いくよぉ!」自分が、泣きながら首を横に振る。三咲は自分も首を横に振り返すと、自分の首を力の限り絞めつけた。


「ぐえっ!」
自分の声で我に返った。ロフトの中で、自分で自分の首を絞めていたのだ。慌てて手を離し、激しく咳き込んだ。這うように梯子を降りて洗面所に向かう。うがいを済ませて、何とか一息ついて、タオルで顔を拭っていると、確かに聞こえた。ロフトから。
「あーあ」という残念そうな声。
「それも、あたしの声でした」
三咲はうんざりした顔で、首を横に振った。
この物件、特に何かがあったわけではないそうなのだが。

西脇:いや、怒られるでしょ、これ!

山村:先輩後輩とかの話じゃねぇぞッて感じで「なんでこんなもの書くんですか」と説諭されたらしいよ。

西脇:そりゃそうですよ。

山村:そんな次第なので、「私の家をモデルに書いてください」という奇特な方がいらっしゃったら、禍話のツイッターのDMまでお願いします。

西脇:募集してないよ!歴史繰り返すなよ!

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