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騎士と娘の二小節

愛するあなたよ、わたくしの声を風が運んでくれますように。

ふたりで訪った丘を、何故いまわたくしはひとりで歩いているのでしょう。幼子のように髪を乱し、声をあげて泣きながら。

あの夏の日、涼やかな木陰で交わした接吻はわたくしの心を希望で満たしました。そして湖にわたるあなたの歌声の、なんと朗々たること!

ロデマリノに髪をとらわれたわたくしを救ってくださったのがあなたでした。冬尚ふかい銀の枝があなたの指で遊び、こまらせました。あなたの瞳は氷のように気高くありますが、あのときは白い陽ざしのぬくもりを映し、わたくしの頬を染めました。

立派な白馬も金の馬具も銀の鎧も栄えある王家の旗印さえも、何になりましょう。わたくしは何もないあなたそのひとを愛していました。

あなたに託した双雛菊の片割れが散るころ、わたくしの命も儚くなりましょう。
ああ、さようなら!さようなら!




愛するあなたよ、わたしの声を風が運んでくれますように。

ふたりで訪った丘を、あなたはいまごろ彷徨っているでしょう。風が吹き乱したあなたの声をどうかわたしにひとつひとつ集めさせてください。

あの夏の日、涼やかな木陰で触れたあなたのくちびるは、かすかにふるえていました。そしてあなたが水ぎわで跳ねかしたしずくの、なんと眩しかったこと!

ロデマリノの銀の枝にとらわれたあなたを自由にしたわたしの胸は、予感に戦慄いていました。あなたの髪はつやつやと冬の陽の光をすべらせ、遊び、ともすれば逃げようとしましたが、わたしの指はその光をとらえ、わがものとしました。

あなたの深い瞳は、わたしのこころの奥底にねむる白い輝きを燃やし、星となって昼と夜を照らし続けました。

わたしの足もとへ双雛菊を投げた、たおやかなあなたの白い手を取りたかった。水のような黒い髪に手をひたしたかった。いさおしを揚げて帰ることができるならば良かったのですが、あなたをおいていくことだけがわたしのこころのこりです。
ああ、さようなら!さようなら!

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