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愛の告白

昨夜は一睡もできなかった。
山田と佐伯のいびきがうるさかったのもあるけれど、なんと言っても、やはり、龍馬暗殺犯について、どうしても納得がいかない。
だいたいが、龍馬も龍馬なのだ。なぜに近江屋なんかに行ったのか。
方方から恨みをかっていて、命を狙われているのは、あの自由奔放そうで、呑気そうな龍馬だって、まさかは分かっていたはず。
近江屋にしたって、京都見廻組や新選組だって、密偵を入れて、とっくに調べていた。そのことだって、龍馬には想像つくだろうに。
それなのに、なぜ、むざむざ危ない橋を渡ってしまったのか。
映画やドラマでは、船中八策も整って、慶喜とも和解もできそうで、いやあ、めでたいのぉ! なんつって、呑気に中岡と酒を酌み交わし、日本の将来を語り合っていて。刀なんか、背後に置きっぱなし。

「あり得ない!!」
僕は、南禅寺の門の柱を叩いた。

「いやはや、本望! 本望!」
サカモトさんは嬉しそうに、天狗飴を舐めている。
昨日、鞍馬寺の土産屋で買ったのだ。
「サカモトさん、龍馬の暗殺については、もういいの?」
僕は、恨めしそうにサカモトさんに言った。
「もういい、もういい。実を言えば、私は、龍馬より義経が大好きなんじゃよ。だから、鞍馬寺に行けたから、もういいぜよ!」
サカモトさんは、スキップして南禅寺の門の中へと行ってしまった。
「なんだよ! にわかファンめ!!」
僕は舌打ちした。

やっぱり罠にかかったのか・・・
と、いうことは、身内の犯行ということになる。

龍馬は、欧米の議会政治をお手本に、徳川慶喜を欧米で言う大統領の位置に立たせる計画を練っていた。
それを、まずい! と思う人物は分かりきっている。
徳川を政治の場から追放し、自分らが中枢となることだけを目指してきた人物。それは・・・

龍馬の計画が、慶喜に伝わっていたとしたら、京都見廻組も新選組も、龍馬を手にかける必要はなくなる。そこが、重要だ。
実際、龍馬の計画は慶喜に伝わっていたのか。
龍馬は、時の将軍に近づけるだけのコネがあったのか。
それとも、大政奉還した慶喜には、結構近づきやすかったのか?

そうであると、反徳川派からすれば、龍馬は裏切り者となる。
けれど、龍馬は、薩摩と長州を仲直りさせたのと同じように、新政府軍と慶喜を仲直りさせる。それだけのことだったのかもしれない。
龍馬とせごどんとは、温度差があったんだ。

犯人は、せごどんなのか・・・薩摩・・・
長州は?

だいたい、坂本龍馬ってなんなんだ?
土佐の下級武士の生まれなのに、しかも脱藩している。
それなのに、そんな立場で、政治に口出しし、龍馬の言うとおりに、周囲が動いていくなんて。
そんなこと、あり得るのか?!

龍馬自体、何者なんだ?

江戸に出てきて、弟子入りするところは、生粋の徳川のお膝元である道場だったり、幕臣だったり。

もしかして、密偵??
山内容堂の??

龍馬は死後、手厚く葬られ、神のように祀られた。
それをしたのは、明治新政府。

祟りを恐れたか?
まさか。平安の世なら、まだしも、そんな、明治は近代史だぞ。
そうしなければならない事情があった。
自分らの犯行を隠す必要があった。
だから、近藤勇に罪をなすりつけ、自分らは、あたかも龍馬とは同士で盟友であったかのように振る舞った。

いったい、龍馬暗殺とは、なんだったんだ?

「網村くん! そんなに難しい顔して、どうしたの??」
かわいい顔が覗いた。
「お雪、いや、斉藤さん!」
南禅寺の門の太い柱にもたれかかって、考え事をしていた僕は、体勢を立て直した。
お雪さんは、そんな僕を、ニコニコして見ている。
そうだ! 
僕は、修学旅行前夜に、姉の昭子に言われた言葉を思い出していた。

「いい? 駿介。雪ちゃんは、ブラコンよ。自分のお兄ちゃんが理想の男性像なの。かなり難関よ。で、海斗も海斗で、シスコンなのよ。もう、ほんと、なんなのよ! ってくらい。私がボーカルで、歌うのは私なのに。歌詞のほとんどが、雪ちゃんについてよ! 話している内容も、雪ちゃんのことばかり。あの人ね、無意識でそうなってるのよ! もう、いい加減慣れたけどさ。はあ〜あ!! って感じよ」
昭子姉さんは、そう言い終わると、深いため息をついた。
そして、僕の肩を両手でがっちりつかむと、
「いい? 姉ちゃんのためにも、雪ちゃんを手に入れるのよ! あの二人、ちょっとは引き離さないと。二人共、幸せになれないわよ、あのままじゃ」
と真剣な顔で言った。
「わかったよ。昭子姉ちゃん」
僕は、昭子姉さんのあまりにも真剣な訴えに、ついつい乗せられてしまったのだった。つまりは、お雪さんに、告白をするってことを。

「向こうにね、片平なぎさとか船越英一郎とか、神田正輝とか名取裕子とか、かたせ梨乃とか水野真紀とか、原田龍二とか河相我聞とか? 田村亮とかさ、来てそうな水門があるから、一緒に行こうよ!」
お雪さんの手が、僕の手をギュッと握った。
柔らかくて、ふわふわして、まるでおじいさんの手のようだ。
ちょっとひんやりして、でも、しっかり頼りがいのある手で。
ああ、あの時みたい。
僕が尊敬する作家先生と握手した時みたい。
「また、考え事してる」
「え?」
お雪さんが、僕の顔を覗き込んで、笑っている。
「網村くんて、いつも考え事してるよね!!」
キャピキャピとお雪さんは笑う。
「ひ、火野正平は、ここ来たかな? って、考えてたんだ」
僕は、慌てて言った。胸がドキドキしているのがバレないように。
「火野正平は、温泉じゃないの?」
「ああ、そうか」
と返事して、僕はまずいと思った。て、ことは、僕があの2時間サスペンスを見ているってことじゃないか。あの木の実ナナと古谷一行と。
まずいよ!
「と、寅さんとかも来てそうだよね!」
僕は慌てて言った。来てないよなと思ったけど、もしかしたら横溝正史シリーズとかで来たかもしれないし・・とか思って。
「うふふふふふ」
お雪さんが笑った。
「好きなんだ!」
僕は、水門で叫んでいた。
「え?」
お雪さんが、ピタッと止まった。
「好きです。斉藤雪さんのこと」
もう一度、はっきりと僕は言った。お雪さんの目を見て、はっきりと。


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