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女性蔑視?!の巻

「なんで、ばあちゃん、気絶しちゃったの?! もったいないっ! 近藤さん、めちゃくちゃかっこよかったし、素敵な男性だったわ」

わたしは、わたしの隣に立つ、背の小さなわたしの祖母に話しかけた。

フリフリの聖子ちゃん衣装風をまとった祖母は、わたしを白い日傘の下から見上げると、恨めしそうな顔をした。

「ばあちゃん、日光江戸村行った時、あの江戸時代の拷問とかを蝋人形で見せてるところの最後の処刑場のスクリーン映像、目の前で見てたじゃん! で、一番後ろで顔を覆って見てたわたしの方に振り返って、デカイ声で『こんなの作りもんだよ!』と言って、場の空気をしらけさせてたじゃん!」

わたしが小6の時、祖母と栃木の塩原温泉に行った。ホテルのトイレで、初めてのウォシュレットに戸惑ったわたしは、一緒にいた祖母に助けを求めた。その時、祖母が押したボタンでウォシュレットが作動し、便器の中からまっすぐ発射した水が、祖母のおでこに直撃!!

「ムスカだ!!」と、わたしは思わず叫んだ。天空の城ラピュタのあるシーンを思い起こさせる出来事だったのだ。

その帰り道、わたし達は日光江戸村に立ち寄った。その時の、祖母とわたしの大切な思い出だ。

「あんたは、どーでもいいことを、細かいことまでよく覚えてるねぇ」

わたしの祖母 月浜可憐は、わたしのシャーマン師匠で、ここ横浜中華街で占い師もやっている、バリバリのキャリアウーマン。御歳105歳。ちなみに一回死んで、生き返った。

今日は、わたしも、占い師実習で、ここで客引きをしているのだ。

「館で座っとっても、客は悩み相談に来ない! これからの時代は、アウトリーチじゃ!!」

「客引きなんか、恥ずかしいよ! いーじゃん! 来なきゃ来ないでさぁ」わたしは、道行く人たちの視線を感じて、うつむいた。

「ばあちゃんの厚化粧に、みんなびっくりした顔して見てきて恥ずかしいよ!」「うるさいっ! これも、シャーマン修行の単位になるんじゃぞ! 真面目にやらんと、単位あげないよーだ!!」

白塗り厚化粧の祖母 月浜可憐は、臆することなく、図々しく道行く人々に、「お兄さん、寄ってかない?」とすり寄って行っている。「お兄さん、悩みあるでしょ? 私が手相見てやるズラ!」道行く人々は、みんな月浜可憐に驚き、愛想笑いを浮かべ、ヘコヘコ謝りながら去っていく。

だが、1人だけ、月浜可憐に真っ直ぐ向かってきた男がいた。その男は、財布から札束を出すと、

「これで頼むわ」と言った。

月浜可憐は、その男の手を両手でスリスリ撫でながら、前を歩いて行った。わたしは、その後ろをトボトボ歩いて行った。

占い館に入ると、男はわたしを振り返り、「なに? 2人で?」とちょっと嬉しそうにした。

月浜可憐は、「ええ、ええ、この子は、今日は実習なんですよ! お客さん」と、両手を重ねてスリスリしながら言った。

「ええ?! な、なんか、そういうのあんまり得意じゃないんだけど、まあ、いっか」男は、そう言いながら、服を脱ぎ出した。シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、ブリーフいっちょになった時点で、

「お兄さん! お兄さん!!何やってんの? ここは占い館だでよ!」と月浜可憐が言った。「プッ!!」わたしは吹き出した。

「え?!」男はそのまま固まった。

「もしもシリーズにありそうだよね! もしも、こんな〇〇があったら!みたいな!! 絶対、ばあちゃんの役は志村けんだよ!!」わたしは、お腹を抱えて大爆笑!!

「じゃあ、俺、いかりやさん? まいったなぁ」男は恥ずかしそうに頭をかくと、服を慌てて着始めた。

「お兄さん、いつも、そういうお店で、こんな大金払うのかい?」月浜可憐は、男が先程渡してきた札束を見せながら言った。

男は、服を着ると、「ああ、そうだよ! これでも、この道のプロだからね!それなりのプライドはあるさ!それに...」男の顔が少し曇った。

「それに? なんだい?」月浜可憐が、男の顔を覗き込むように言った。男は、月浜可憐を二度見すると、少しビビリながら、ゆっくり話し始めた。

「それに、いま、この業界、貧困の女の子が多く働いてる。親に虐待されて、家出してきて、繁華街でスカウトマンに騙されて連れてこられた子達もいる。いまよく言われる発達障害を抱えている子もいる。だけど、俺は、そういう子達に生きる喜びを貰ってる。貧困に喘いで、仕方なく性産業に入ってきた女の子達に、俺は慰めてもらってる。その時だけは、俺を愛して必要としてくれてる。生きてて良かったって思える。だから、そんな俺に出来ることは、その女の子達が、生活に困らないように、この世界から早く足を洗って、夢を叶えて生きていけるように、誰よりも高い金を払うことくらいなんだ。俺は、金は持ってるけど、社会の仕組みを変える力はないから」

男は話し終わると、深いため息をついた。

「えらい!!」月浜可憐は膝を叩いて叫んだ。「えーっ!? ぜんぜんえらくないでしょ!! むしろ、この変態!! サイテーじゃん!! 女性を金で買うなんて、女性を低く見てるじゃん! 女性蔑視だよ! あんた、まさか、未成年に手出してないでしょうね?」わたしは、男にガンつけた。男は慌てて首を横にブルブル振った。

「だったら、おまえは、その貧困に喘ぐ女の子達を救うために、何かしてるのかい? こんな話をしている間にも、虐待は起きてるし、性的搾取は起きているんだ。この瞬間も、心を殺して、身を売ってる女性がいる。おまえは、その子達を助けるだけの経済力があるのか? 口ばっかりで人を批判するのは簡単だが、実際に、そういう女の子達の生活費になる金を払ってるのは、この男なんだよ! 日本の福祉じゃ、風俗で働く女性の救済が間に合ってないんだよ!! これが、この男が見ている世界が、いまの日本の現実なんだよ! 何も出来ない、誰も助けられない奴が、偉そうに批判するんじゃないよ!!」

月浜可憐は、そう言い放つと、「きれいごとばかりじゃ、人は救えないんだよ」とモゴモゴ言いながら、その男の手を取った。そして、虫眼鏡で見ると、「おっ!!」と声をあげた。

「な、なに?」男はたじろいだ。

「あんた!!  これからも、どんどん金稼ぐ相が出ているよ!! これからも、お店のナントカちゃんに会いに行くときゃ、金を惜しみなく使うんだよ!  ナントカちゃんだけでなく、そういう仕事をする子達全員に金が行き渡る勢いでな! 」月浜可憐は、男の顔に至近距離で近づくと、ニヤリとした。男はビクンとした。

「そして、ここからが大事じゃ!!!」月浜可憐が叫んだ。男とわたしはドキリとした。

「その子達が、その世界から早く抜け出せるように、あんたが、背中を押してあげるんだよ! そして、あんたが見て、福祉サービスに繋げたほうがいいかなって思う女の子がいたら、あんたが、福祉に繋ぐんだよ! あんたの力で、女の子達が、社会で自立してイキイキと生きられる社会に変えていくんだよ! あんたが通っている店の中から、社会を変えて行くんだよ! あんたが、一番、その子達のそばにいるんだから!! あんたの取り柄の金の力と風俗で働く女の子達を思う心が、必ず世界を変える!! そんな相が出ておる!!」

月浜可憐は、天井に向かってガッツポーズをした。「ほんとかよ」わたしは、ボソッと言った。

「あんたね、一度、女性支援の現状を知ったらいいよ!  そうすりゃ、必ず何かが変わっていくはずじゃ!  分かったか!!」月浜可憐は、男の肩を叩いた。

男は、「なんだか、よく分からなくなってきたけど、とりあえず頑張ってみます!」と言うと、意気揚々と館を出て行った。

「へんなのぉー!」わたしは、横目で月浜可憐を見た。月浜可憐は、腕組みをして何回も深く頷いていた。


つづく

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