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わたしのうた

「おだいりさーまとおひなさま〜 」母が飾ってくれた雛人形を手にとり、「姫っ! 結婚してくださいっ!!  殿っ! よろこんでっ!」とかお人形遊びを真剣にしているわたし。

「雅哉くん、ずーっと前から好きでした!!  斉藤雪さん! ほんと? 僕もだよ!  なーんて、きへへへへへっ!」「そこで、チュウだな」「えーっ?! そんなのまだ早いよ〜」と言いながら振り返ると、そこに兄。

「おまえさ、面白いから、今度の曲のモデルにしてもいい?」兄はそう言いながら、ポケットから出したメモ帳にメモメモし出した。「ダメダメダメダメーッッ!!」わたしは、慌てて兄のメモ帳を取り上げた。


今日も、雅哉くんは、たくさんの女の子達に囲まれて、楽しそうだった。わたしも、雅哉くんにとってみれば、あのたくさんいる女の子達の中の一人なんだろうな。だって、あんな嬉しそうにニコニコしてるんだもん。わたしにも、あの顔してたもん。

「い、痛いんですけどっ! 足っ!!」横にいた佐伯くんが、わたしの腕を掴んできた。わたしの足が、いつのまにか、佐伯くんの左足を踏み潰していたみたいで。「あ、ごめんなさい...」と、わたしは謝った。

教室の席に着くと、佐伯くんが、ニコニコしながら早苗先生を見ていた。そして、あろうことか、「俺さ、早苗先生に告白したんだ!」と言った。小さな声で。わたしは、驚いて佐伯くんを見た。すると、佐伯くんが笑いながら涙を流していた。

「ど、どうした?」わたしが慌てると、佐伯くんは、「うん。早苗先生、俺が、早苗先生のこと好きだから、将来結婚してくださいっ!て言ったら、ありがとうって」と、ささやくように言って、わたしを見ると、「だけど、先生、婚約者がいるから、俺とは結婚できないってさ...」と無理して笑顔を作っていた。

「そうなんだ...」わたしは、それしか言えなかった。しかし、よくもまあ、プロポーズまでしたもんだよと驚いていたけど、なんだか、わたしも、佐伯くんのことは、他人事に思えなくて。

わたしは、佐伯くんの肩に手を置いて、「今日の放課後、木村屋に、こどもビール飲みに行こうぜ!」と言った。木村屋とは、町の小さな商店で、駄菓子も売っているし、日用雑貨や食料品も売っている。佐伯くんは、「ありがとう」と言いながら、ハンカチで涙を拭った。

木村屋で、佐伯くんは、しこたま、こどもビールをあおり、イカ串を食べ、さくら大根も食べ、うまい棒もやけ食いし、涙涙で、木村屋のおじいちゃんに励まされていた。わたしは、佐伯くんの横で、水飴をクルクル巻きながら、「やっぱり、わたし、雅哉くんに告白するの、怖いな...」と独り言を言っていた。


家に帰ると、兄がリビングでギターを弾いていた。わたしが帰ったのに気付くと、ギターの手を止めて、ニヤッとして、「おかげで、いい曲が出来そうだよ!」と言った。わたしは、ムッとした顔をして、「どうぞっ、ご勝手に!!」と言い、鼻息荒くしながら、自分の部屋に引きこもりに行った。

ベッドの上で、クルクルクルクル何回転もしていると、兄のギターと歌声が聴こえてきた。ゆっくりと優しく奏でられるギターの音と、兄が歌う声は、初めて聴く曲だけど、どこか懐かしい気がした。

桜の花が出てくる歌で、まるで誰かを遠くから応援しているような歌。遠くから響いてくるギターの音と兄の歌声。まるで、わたしに歌ってくれているみたいだなって。


続く

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