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素直になれないのよね。

自分の心臓の音が聴こえる。バコンバコンて、胸が肺がどうにもならないくらいに激しく動き回っている。

と、その時。わたしの右手のすぐ近くに緑色の上履きが。男子だ!からかわれる?!やばい!!逃げろ!!

ヒクヒクした腰を持ち上げようと、必死にもがくが立ち上がれない。そのうち、頭の上で、ウヒョヒョヒョ!!と爆笑する声。思いっきり睨みつけた。

「お、お、お、お、」わたしは、思うように喋れなくなってしまった。だって、そこには、あの大木くんがいたのだから!!

「斉藤雪さんて、放課後、いつも変なことしてるよね」大木くんはそう言うと、またクスッと笑った。なんてかわいい顔をしているのだろう。これじゃモテるわ。こんな子を、一般社会で野放しにしといていいのだろうか? いっそ、芸能人にでもしてあげたほうが。

「いつも見てたよ。斉藤雪さんのこと」大木くんが言った。「え? どうして?」わたしが言うと、大木くんは「だって、斉藤雪さんはいつも、奇抜なファッションで、放課後、一人でメリーウェーブやってて面白いから!」と、またかわいい顔して笑った。「へ、へぇ〜」わたしは、頭をかきかき照れ笑いをした。

どうしてわたしは、毎放課後、たった一人でメリーウェーブをしていたかと言えば、来年には撤去されてしまうメリーウェーブを惜しんでいたからだ。メリーウェーブは、危険が伴う遊具というわけで、使用可能なのは5年生から。わたしは、小1の頃から、このメリーウェーブがやりたくて、メリーウェーブを楽しむお兄さんお姉さんを、離れたところから、指をくわえて見つめていた。

なぜ、離れたところから見つめていたかと言うと、メリーウェーブは、手すりにつかまってクルクル回り、そのうち勢いづいたら、その遠心力で足は宙に浮き、まるで傘をクルクル回した状態になる。だから、近くにいると、回っている人の足が顔面に当たる危険があるのだ。

現に、4つ年上のわたしの兄が5年生で、メリーウェーブで遊んでいた時、近くで羨ましそうに見ていた1年生のわたしの顔面を蹴り飛ばし、わたしは鼻血がブー。優しい兄は、わたしを保健室に運んでくれ、保健の先生にこっぴどく叱られていた。兄に、「近づくな!」とあれほど注意されていたのに、見ているうちに、夢中になって近付いてしまったわたし。わたしが悪かったのに、兄は一言もそれは言わずに、先生に叱られ、わたしに謝っていた。だから、わたしは、お兄ちゃんのことが大好き!

そこまでして、憧れのメリーウェーブが、もう来年からは乗れなくなってしまう。兄にそれを話すと、「おまえ、中学生になってもメリーウェーブやりに小学校行くつもりだったのか?」と呆れていた。

で、いま、わたしの目の前にいる大木雅哉くん。その大木くんが、放課後、毎日のようにメリーウェーブをやっているわたしを、ずっと見ていたと言う。そして、そのわたしを絵に描いてくれ、しかもその絵で金賞も取ってしまっていた。

「お、お、大木くんは、わた、わたし、わたた、しし、ののことととと???」わたしは、もはや何言ってるのか分からなくなってしまって。大木くんはニッコリ笑うと、腕時計を見た。黒いごっつい腕時計。「もう行かなきゃ!」大木くんはちょっと寂しそうにした。「どこへ行くの?」「レッスンだよ」そう言うと、大木くんは階段を降りようとした。わたしは何を思ったのか、「て、手紙書くね!」と叫んだ。大木くんはまたニッコリ笑って、「うん!」と言うと、手を大きく振って階段を駆け下りて行ってしまった。

翌日も1組には人だかり。みんな女子ばっか。わたしは4組からそれを眺め、あの子はそんなに可愛くないから大丈夫!わたしが勝ってる!あ!あの子、可愛い。。大木くんがあの子のこと好きだったらどうしよう。。などと考えていた。

そのうち、教室から大木くんが出てくると、けたたましい黄色い歓声! わたしは耳を塞ぐ。目も瞑る。息も止めた。すると、肩をトントンとした。誰かが。振り返ると、佐伯くんが立っていて、「大木に頼まれたんだ。手紙ちょうだい!」と手をこちらに差し出してきた。わたしが、キョトンとしていると、佐伯くんは「彼女なんだろ?手紙預かるから、ちょうだいよ!」と再度手を差し出してきた。

わたしは、ムッ!とした顔をして、「まだ書いてない!」と言い、佐伯くんの掌を思いっきり叩いてあげた。佐伯くんは、「イッテー!」と悲鳴をあげた。

なんなんだよ! なんなんだ?! 彼女ってなによ!! わたしは、大木くんから好きなんて言われてないしっ!! それに、なんておしゃべりなの? 佐伯くんに話してしまうなんて! 人使わないで自分で言えばいいじゃないっ!! わたしはプリプリしながら、また1組の方をチラリと見た。黄色い歓声に揉みくちゃにされてる大木くん。あれじゃ、わたしに直接手紙くれなんて言えないか。てか、そんなことをあの女子達の前で言われたら、わたしの命がないわ!

だけど、なんなの?この気持ち。あの黄色い歓声の女子を見てると、メラメラと闘争心が湧き上がってくるのよ。それと、このギュッとする胸の痛み。昨日のあの大木くんの絵を見てから、わたしは明らかに、大木くんを見る目が違ってしまったのよ。それまでは、あの黄色い歓声女子と同じ。だけど、一緒にきゃーきゃーはやりたくないっていう隠れキリシタン並みに、ひた隠しにしてきた大木くんファンだったわたしが、もしかして、これは本気できらめく恋というやつですか?


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