見出し画像

電車に乗って

授業公開の日、なぜか兄が来た。4組のみんながざわついた。咲ちゃんと萌ちゃんがヒソヒソ話してる。口の形が「かっこいい!」になっている。

えっへん!! と胸張って、わたしは国語の教科書を読んだ。読み終わって後ろを振り向くと、兄はこちらに背を向けて、教室の後ろに掲示してある絵に見入っていた。なんだよっ!! せっかく人が一生懸命いいところを見せようと頑張ってたのにっ!!

授業が終わると、兄はさっさと4組を出て行ってしまった。わたしは兄を追いかけたが、すぐに足を止めた。兄は1組の廊下にいた。


家に帰ると、兄がもう先に帰っていて、リビングでギターを弾いていた。わたしは黙って兄の前を通り過ぎた。「今日、母ちゃん、仕事だったから、代わりに行ってきてって頼まれたんだ。今日学校休みだったから」兄は、ギターの手を止めた。わたしは、ギクッと胸が動いた。

「俺、汚い安いラーメン屋好きなんだけどさ。俺の経験からして、外観の古いラーメン屋は、だいたい味はいいぜ! まっ、ビンビンにはどこも敵わないが」兄の声は、いつもと変わらず、落ち着いたトーンだった。「まったく、あいつはどこの坊ちゃんだよ。ラーメン屋にも一人で入れないで、婆やに迎えに来てもらってるなんてな」

わたしは、ソファに座る兄の隣に座った。そして、持ってきたポテチをちびちび食べていると、兄は、「おまえがあいつのこと好きすぎてたら、俺はあいつを許さねぇ」と言った。そして、「あいつも、俺に対して、俺と同じことを思ったのかもなぁ。。」兄はそう言うと、ギターを持って立ち上がり、自分の部屋へ行ってしまった。

なんだか意味がよく分からない。雅哉くんが兄と同じことを思うとは?


「海斗いる?」玄関でドタバタと足音がして、一瞬人影が忍者のように通り過ぎた。そして、昭子さんの怒ってる声がしてきて。。

昭子さんがリビングにやってきて、ポテチを食べ終わってコーラを飲もうとしたわたしの前に立ちはだかり、「ほんっと、あんたの兄貴ってシスコンだわ! マザコンだわ! 今日でお別れ、サヨウナラ!!」と、まるでお腹から声が出てるような、リビング中に響きわたる声で言った。顔は怒っているが、目からは涙がポロポロ。

わたしが昭子さんをポカンと見上げて、コーラを飲もうとすると、「コーラ飲んでんじゃないわよ!」と、わたしからコーラを取り上げ飲み干した。「ゲッ!!」と鳴らして、昭子さんはまた、玄関から出て行った。

しばらくして、兄がリビングにやって来て、「買い物付き合って」と元気のない声で言った。


黄昏時の電車に乗って、隣町にあるデパートを目指した。車窓は黄金色。橙色の大きな夕日と連山の影。通勤ラッシュのほんの少し前の時間だったから、兄とわたしは座って無言で外を眺めていた。

ふと、向こうに雅哉くんが見えた?!  びっくりして兄の肩に隠れた。怪訝そうにわたしを見ていた兄だが、すぐに雅哉くんに気づいたようだった。わたしは、兄の肩に隠れながら、そっと雅哉くんを見た。

雅哉くんは座って、隣のおばさんと話をしていた。綺麗な化粧をして、綺麗な服を着たおばさん。雅哉くんのお母さんかな?

雅哉くんは、嬉しそうに手に持っている切符を、何度も何度もそのおばさんに見せていた。かと思えば、切符を指差して、おばさんに何か言っていて、おばさんは「分かったわよ」と呆れ顔。かと思えば、切符にキスをして、ニタニタ笑って、おばさんに「やめなさい」と言われているようだった。

「なんだ?  あいつ、、、」兄は、雅哉くんとおばさんのやりとりにしばらく見入ってから、そう呟いた。

そして電車が、人のたくさん乗ってくる駅に着きそうになると、おばさんは鞄から慌てて、黒いキャップとメガネとマスクを取り出して、雅哉くんに被るよう渡しているようだった。雅哉くんはメガネをかけて、マスクをして、キャップを深く被った。もはや、あの子が雅哉くんかどうか、わたしにも分からなくなるくらい、怪しい人になっていた。

「なんだ? インフルエンザ予防か?」兄が呆気にとられながら呟いた。

怪しい格好になっても、雅哉くんは、切符を眺めては、はしゃいでいて、本当に怪しい人になっていた。おばさんが、雅哉くんのキャップのツバをパシンと叩いているのを横目で見ながら、兄とわたしは電車を降りた。

続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?