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なぜ勉強しないといけないのか?①

おそらく多くの人が一度は疑問に感じたことのある永遠のテーマであろう。ややこしい数学の公式、何百年も前の戦の名前や人物の名前、、こんなもの覚えても将来なんの役にも立たねえよ!!と学生時代に怒りを覚えた方も少なくはないだろう。

私も例にもれずその中の一人であったが、30歳を手前にしてなんとなく私なりの答えを見つけることができたのでここに記したいと思う。学生の方がこの記事を読んでくださることはないかもしれないが、お子さんに勉強してもらいたい親御さんにはぜひ一読していただきたい。

テーマとしては大きく以下の2つである。

①勉強するメリット

②なぜ勉強にはそれほど価値があるのか

少し長くなるので、この記事では①についてのみ先にお話することにする。

①勉強するメリット

結論から述べると、勉強こそが最も楽で効率的に幸せを手にできる可能性が高くなる手段だからである。「高学歴=幸せな人生」などというバイアスのかかりまくったことを言うつもりは毛頭ない。幸せとは当然人それぞれで、お金を稼ぐ、やりたいことをやる、家族を持つ、はたまた何もしないなど様々であろうが、どんな形であれ人は皆、自分の望む幸せを手に入れたいと思い生きているのではないだろうか。実際幸か不幸かは置いておいて、不幸になりたいと思って生きている人はまずいないだろう。そしてその幸せは最大公約数的にはおおよそは資産や実績などの定量的な幸せか、家族や友人に囲まれる等の定性的な幸せに分類されるだろう。

ここからの話は、大前提としてそうしないとできないという話ではなく、あくまでも可能性の話、またはどちらか選べるのならそちらに越したことは無いという意味で読んでいただきたい。上記のような幸せを掴むためにはそれはお金はあったほうが良いし社会的地位もあったほうが良い。分かりやすく収入を例に考えてみよう。プロスポーツ選手や芸能人など、勉強以外の才能で収入を得ている方はたくさんいるが、割合だけで考えると給与の高い民間企業で高収入を得ている人のほうが数としては圧倒的に多い。有名な話で高校球児が甲子園に行ける確率(約0.005%)より受験生が東大に行ける確率(約0.3%)の方がはるかに高いという話がある。もちろん単純な確率論で語れる話ではないのだが、期待値的にはプロ野球選手を目指すよりも東大を目指したほうが将来高収入を得られる確率は高いのである。

高収入じゃないと幸せになれない、有名企業じゃないと高収入は得られない、高学歴じゃないと有名企業に入れないわけではないが、高学歴になるには必ず勉強しないといけないのである。加えて、日本においてはその勉強は義務教育の名の下、国民に等しく受ける権利を(ある程度は)与えられているのである。

以上により、例外や少数事例を限りなく無視した一般論・確率論的な話で考えると、他の方法よりも圧倒的に楽かつ効率的に幸せになる可能性を高める手段であり、そうであることに大人になって気づく人が多いため、大人たちは子どもたちに「勉強しろ」と口酸っぱく言うのではないかと私は思う。

勉強だけが全てではないが、勉強以外で幸せになるには並大抵の努力と覚悟では難しい。だから将来の選択肢を少しでも広げるために、特に大きな目標ややりたいことがないのであれば、勉強しておけ。そこまで噛み砕いて伝えてくれる大人が周りにいてくれたら、当時もっとがんばれただろうなと思う今日この頃である。

では、なぜ勉強はそれほどの評価に値するものなのだろうか。冒頭に述べたように数式や年号を覚えたところでそれが役に立つ仕事なんて限られているだろうに、、

それについては「②なぜ勉強にはそれほど価値があるのか」でお話することにしよう。ではまた。

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